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夢幻の書  作者: こばこ
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第四章「坑道」②

 ここに置かれて以来、初めて炎を灯された蝋燭が、ぼんやりと広間を映し出していた。ラズリー卿の居室を一回り大きくして横に引き伸ばしたような、小ぶりな教会の礼拝堂のような、肉体労働者の好む食堂のような、そんな大きさの部屋である。

 時折箱の中身を入れ替えて通路をきよめる人が入る以外は、足を踏み入れる者のなかったこの空間が、初めて本来の機能を発揮していた。

 キノ家の別邸は、元々このために建てられたものである。いざと言う時に、建物を囮にして中の人間を逃す。主人の部屋を除いて、やしき自体が崩れやすいように設計されている。主人の部屋からは、紐一本で邸が崩れる仕組みもあった。邸が崩れ落ち、焼け落ちようものなら、ばらばらになった焼け跡から脱出路を見つけ出すのは困難だ。襲撃した側が最も確認したいであろう、主人たちの安否の調査にも骨が折れる。

 今回の計画の避難場所としてラズリー卿がこの邸を指定したのは、そのような算段があったからだ。

 そして、その仕組みは思惑通り機能した。


 最も守られるべき皇太子と皇女は、坑道を伝って脱出した。敵方は、行方も追えず安否も確認できず、しばらくは身動きが取りづらいだろう。

 本来なら、キノ家の信頼できる手下を同行させ、脱出後の彼らを守り、連絡を取れるようにしたかったが、全てが上手くはいかないのは世の常だ。不安要素はもちろんある。

 だが、皇太子は聡い。皇女も賢明だ。そして手下の中でも成長著しい若手が同行している。彼らはきっと生き延びるだろう。敵方よりも早く皇太子と皇女を探し出して、再起の計画を練らねば。


 この日の『彼ら』の想いは、概ねこんなところであったそうだ。


 *


 セディアとラスク、フローラとシルヴィーが着替えのために小部屋に入ると、ウィンとロディは木箱に向き合った。日持ちのする食料、干物や木の実類などが、きれいに仕分けられて入っている。竹筒に入った水もある。昨日の日付が書かれている。かなりの頻度で更新されているようだ。

 ざっと数を数えながら、二人で点検していく。


 と、音もなく彼女らの背後の扉が開いた。セディアとラスクが姿を見せる。着替えに入ったはずのセディアは、まだゆったりとした部屋着のままだ。髪の縛り方だけが変わっていて、元の緩やかに束ねられていた位置よりも少し上、後頭部の辺りできっちりと結ばれている。

 彼らは一度視線を交わすと、音を立てないよう、そろりと部屋から出た。セディアの手には長剣が、ラスクの手には短剣が握られている。鞘から出された、抜身の剣だ。

 松明の爆ぜる音と、ウィンたちが立てるかさこそという音がふたりの気配を消している。あまり広くはないこの空間を、セディアとラスクが横切るのに、それほど時間はかからなかった。

 彼らの目に、兄妹きょうだいの背中が映る。

 あと数歩という距離に近付いた時、彼らはもう一度視線を交わした。セディアが頷く。そして二人は残りの距離を一気に詰め、息のあった動作でウィンとロディに斬りかかった。


「やめなさい!」

 彼らが斬りかかるのと同時に、フローラが叫んだ。その叫びが広間に不吉に反響する。

 彼女の声を合図に、ウィンとロディは振り返った。ロディはセディアの剣を軽く交わし、ウィンは棒の腹でラスクの剣を受け止めた。ガキン、と金属と金属がぶつかる音がして、ラスクが驚いたように目を見開く。彼は昨日の戦いとその見た目から、ウィンの武器がただの木製の棒だと思っていたのだろう、驚くはずだ。

 ラスクが舌打ちして後ろに飛び下がった。その前に彼の表情が一瞬歪んだのを、ウィンは見た。それはそうだろう。昨日のクスノキの根本での彼女らの戦いっぷりを、ラスクは見ている。不意打ちならともかく、まともに戦ったら分が悪いことは承知しているはずだった。

 隣から、ロディとセディアが戦う音がした。基本的には、いったん間合いを取ってしまえば、長剣を持つセディアに対して長槍を使うロディが圧倒的に有利なのだが、この狭い空間だと長物ながものはやや不利に働く。

 大丈夫かな?とちらりと見遣ったが、杞憂だったようで、ロディの表情には余裕があった。一方のセディアの方は。

 まずい、と顔に書いてあった。


「やめなさい!やめなさいってば!」

 フローラの叫びは戦う四人から無視される。ウィンとロディが、じわじわと相手を追い詰めていく。

「やめなさいって言ってるでしょう!」

 そう叫ぶと、フローラは戦いの場へずんずんと歩み寄った。

「馬鹿、やめろ!」

 ラスクの声が響いた。シルヴィーが慌てて伸ばした手をするりとかわして、フローラが戦場に近付いてゆく。彼女に近い位置にいたウィンとラスクは、彼女に危害が及ぶのを恐れて間合いを取った。一時休戦だ。

 ロディとセディアが斬り結ぶ音だけが響く。

「やめなさいってば!」

 ウィンとラスクの戦闘を無事落ち着かせたフローラは、そのまま奥のロディ、セディアの元に向かった。

 ちらりと横目でフローラを見遣ったセディアはフローラに危害が及ばないよう、反対側に向かって後退あとずさりした。一方のロディは全く彼女に遠慮をする気はないようで、結果、セディアはますます壁際に追い込まれていった。戦いの経験がないフローラには、その機微が分からないのだろう。彼女は知らず兄を追い詰めていく。

次回更新は6/12(土)の予定です。

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