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夢幻の書  作者: こばこ
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第四章「坑道」①

 暖炉の下から、階段を降りた。幅は狭く、どうにか人がすれ違えるくらいしかない。しかし頻繁に人が出入りするのか、石畳の足元に塵や埃はほとんどなく、整えられていて歩きやすい。所々に、手すりまであった。

 先頭を歩くラスクが大きなランプを持ち、セディア、フローラの順で続く。やや小型のランプを持ったシルヴィーを挟んで、ウィンとロディが続いていた。

 彼らが全員階段に降りてすぐに、ラズリー卿の手によって出口は塞がれた。階段を降りながら、ウィンがちらりと振り返ると、蓋の周囲に微かな光の筋が見えるだけだった。あの蓋の向こうは、燃え盛るやしきだ。もう後戻りはできない。

 階段はそれほど長くは続かず、すぐに平らな道に出た。ほとんど起伏はなく、ここも歩きやすい。

 と、前を歩く足音が止まった。

「分かれ道だ」

 ラスクの声が聞こえる。

「あんた、どっちか分かるのか?」

 ラスクとセディアが、ランプを手に分岐点を調べている。

「こっちだ」

 セディアのはっきりした声が聞こえた。左の道に進むらしい。列が動き出す。

 ウィンは、分かれ道にたどり着いたときに、周囲をぐるっと確認してみた。ランプを持っていない上に、シルヴィーに遅れないよう早足で通り過ぎた彼女には、セディアが何をもって左を選んだのか、よく分からなかった。


 誰も一言も発さないまま、一行は黙々と歩いた。すでに邸の気配はなく、ただ真っ暗な道が続く。もしランプの火が消えでもしたら、深い深い暗闇だけが残るのだろう。そう思えば怖くもあり、自分の周囲すべてが大地だと思うと、大地の憑座たるウィンにとっては好ましくもあった。

 どれくらい歩いただろう。いくつかの分岐点を過ぎ、何度か緩やかな登り坂と下り坂を経験した。足音の響き方が変わったと思ってからしばらく経った時、先頭を行くラスクが歩みを止めた。

「広間だ」

 ラスクが短く告げる。

「調べてくる。あんたらはここで待っとけ」

 そしてセディアを振り返り、

「剣は抜いとけよ。何があるか分からないからな」と言い残して、広間に出て行った。

 ウィンの位置からは、シルヴィーたちの背が邪魔をして、広間の様子は見えない。

 ラズリー卿の部屋を調べる時といい今回といい、ラスクはこういう役回りなのだなと思った。危険を背負って先頭を切る。それも、押し付けられているのではなく買って出ている節がある。そのくせ、セディアやフローラ、ラズリー卿にも、妙に馴れ馴れしい。


「いいぜ。出てこいよ」

 しばらくして、広間に反響したラスクの声が聞こえた。ぞろぞろと彼らは広間に出て、足を止める。壁には燭台が並んでいて、広間の隅には松明がひとつだけある。これらには、恐らくラスクの手で、炎が灯されていた。それなりに広さがあり、壁際にはいくつか小部屋もある。こちらもラスクの手であらためられたらしく、扉は開け放されている。

 はあっと、それぞれ息をつく音が重なった。狭く暗い坑道を進むのは、思いの外圧迫感があったのだと、広間に出て知る。屋外に出た時はきっともっと開放感に浸れるだろう。

「そこに、必要なものがあるみたいだ」

 一同が落ち着いたのを確認して、ラスクが彼の背後を指差した。大きな木箱がいくつか並んでいる。もう少し細長ければ棺桶のようだ。

 セディアとフローラが、木箱に近づく。

「衣類、食料、武器、灯り。そっちは?」

「情報、ですって」

「なるほど。大切だな」

 ラスクは木箱から目を離し、セディアたちの背後にいるウィンとロディに視線を合わせた。

 そんなラスクの視線をあえて無視し、ウィンは彼らの背後から木箱を窺った。そこに書かれているのはやはり彼女の読めない字で、彼らの中だけで通じる暗号の存在があることが分かる。

 それにしても、この木箱……。

「それ、どうやって開けるの?」

 好奇心が、口をついて出てしまった。

 セディアが、彼女がいることを初めて思い出したかのような顔で振り向く。

「開けられるやつには開けられる」

 謎かけのような言葉を残して、彼は木箱に向き合った。箱の表面をしばらく撫でていたかと思うと、スコン、と音がして箱の一角がへこんだ。

 後は、あっという間だった。スコン、カタン、カラカラ、コトン。

 流れるような手際で、からくり箱を開け終わると、彼らの前には、先ほどよりも一回り小さい蓋のない木箱が現れた。その蓋を開けると麻布の袋が並んでいる。

 そして、彼は、驚くウィンに向かって例のにやりとした笑みを向けた。

「ほらな」


「俺のもある。ラズリーさん、準備がいいな」

「お前は着替える必要ないだろ」

「そうだけど、この先何があるか分からないだろ。着替えの一着くらい、持っておく方がいい」

「荷物にならない程度にな」

 セディアはそう言って、フローラを振り返り、

「ほら」

 と言って一つ袋を投げた。

「嬢さん、その格好じゃ動きにくい。着替えて来い。壁際の部屋は、たぶんそのためにあるんだろ」

 ラスクが言った。

「俺も着替えた方がいいな」

 そう言うセディアの手にある袋に、アルファベットのKが刺繍されているがちらりと見えた。

 K?

 ウィンは、フローラとラスクの手の袋を盗み見た。フローラのものは、こちらからは見えない。ラスクの袋には?

 R。こっちは素直に、RUSKのRだ。

「その前に、他の箱を開けようぜ」

 そう言って、ラスクが『食料』の箱を足で小突く。

 頷いてセディアが、二つ目の箱にかかる。セディアが開け、ラスクが見守る。なかなか二人の連携は合理的である。ラスクはあくまでも、セディアのやりたいことをやれるように手助けし、背を守り、危険を背負うことに徹するらしい。


 衣類、食料、灯り。三つの箱を開けた時点で、セディアはふうっと息をついた。そしてラスクを見る。ラスクがひとつ頷く。

「残りは後だ。先に着替えよう。ラスク、手伝えよ」

 そしてウィンとロディを振り返り、

「お前たちは着替えは必要ないな。俺たちが着替えている間、食料を調べておいてくれないか。何人分、何日分あるのか。六人で運べる分を選り分けておいてくれ」

「分かった」

 ロディが返事をした。

 このやり取りに、ウィンは強烈な違和感を感じた。気持ち悪い。すごくすごく気持ち悪い会話だ。

 違和感を口にしようか迷ってロディを見る。と、ロディから意味ありげな視線が送られてきた。彼の目を見て、意図をんでうなずく。

 うん、黙っておくよ。


 フローラとシルヴィー、セディアとラスクがそれぞれ壁際の小部屋に入った。ウィンとロディが、食料の箱に向き合う。静かな部屋に、ウィンたちが立てるかさこそという音と、松明がぜる音が響く。


(ぞくぞくするわね)

 久しぶりに、ディージェの声が聞こえた。


ぞくぞくしますね♪

次回更新は、6月9日(水)の予定です。

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