第三章「皇太子」⑦
「家を燃やすつもりか!?やっぱりあいつら、最初から捕まえるつもりなんかないんだな!家ごとこいつらも焼こうって算段か」
「セディア、武器を持て。ラスク、開けよ」
ラスクの声を再度無視し、ラズリー卿は二人に命令した。ラスクは、ちらりとラズリー氏を見遣り、そしてセディアが剣を抜いたのを確認してから、逆らわずに扉を開けた。
何も言われていないが、ウィンとロディも武器を構えた。セディアがちらりと警戒の視線を彼女たちに投げる。シルヴィーが、そっとフローラに寄り添う。
からりと小さな音がして、扉が開いた。ラスクが慎重に歩を進める。一歩、二歩。
彼が一通り部屋を調べている間にも、ぱちぱちと炎が爆ぜる音は大きくなっていく。微かだが、確実に熱気が感じられる。
ラスクは、部屋を一周してから、正面扉の取手に手をかけた。再び、ガキンという音に阻まれる。彼は扉から手を離し、一同がいる隠し扉まで戻ってきて言った。
「ここも鍵がかかってる。出られないぜ」
「部屋の中には誰もいないか?」
「いない」
「よし、入るぞ。セディア、フローラ、来い」
ラズリー卿に言われて、二人は部屋に入った。呼ばれていないけれど、シルヴィー、ウィン、ロディも続く。ラズリー卿としては、シルヴィーはフローラと一括りなのだろう。
ラズリー卿の居室は、先ほどの部屋と違って質素な作りだった。
天井まで届く本棚、来客用と思しき木製の机と皮張りの椅子。執務机の後ろには、しばらく火が入っていなさそうな暖炉。ランプは取り外しが出来るようにフックに引っかかっている。彼の実務主義がよく現れている部屋だ。
ラズリー卿は、執務机の横に立って言った。
「道は、ここだ」
*
「ここ……?」
セディアが呟いた。ウィンたちと同様、彼にも理解できていないらしい。
秋の朝方にも関わらず、汗が滴ってきた。暑い。炎の爆ぜる音は、いつしか激しさを増してバチバチと不吉に耳に響く。
「この邸は、チクシーカ山地の山裾に立っている。かつて、この山には銀脈があった。その管理者は私の祖父だった。分かるな」
「坑道が、ここまで……?」
「ここに、ランプがある。必要なものは、坑道を進んだ最初の広間に全て揃っている。出口はチクシーカ山地の裏だ」
呆然とするセディアとフローラに、噛んで含めるようにラズリー卿が説明する。そして、彼は暖炉にかがみ込んだ。暖炉の底面に敷かれた煉瓦は接着されて一枚の板のようになっていた。かなり重そうだが、ラズリー卿は慣れた手つきでそれを横にずらしてから、壁に立てかけた。
暖炉の下に、階段が現れた。
一仕事終えたラズリー卿は、セディアに向き合った。
「もう一度言う。必ず生き延びろ。来年の桜を、また共に愛でるぞ」
セディアが、一つ頷く。
「私も、仕事を片付けたら追う。だが、待つな。フローラを頼む」
皇太子は、無言でまた頷く。
「道は、分かったな?」
さらに頷いてから、ようやくセディアは口を開いた。
「叔父上も、必ずご無事で」
セディアがフローラを振り返った。フローラは、セディアが口を開く前に、ずいっとウィンの横に擦り寄って、その手を取った。
セディアがため息をついて、少し笑って言った。
「分かってるよ」
その言葉を聞いて、フローラは少しほっとした顔をしてウィンとロディを見た。
「まだ、安全な場所に着いてなかったみたい」
そして、
「わたしに仕えるかどうかは、後でゆっくり考えればいいわ。とりあえず、今はあなたたちのためにも一緒に来て。一緒に、ここから脱出しましょう」
こんな事態だと言うのに、整った愛らしい顔は妙に落ち着いていて、決意のようなものさえ伺わせる。
今回は、兄と顔を見合わせなくてもお互いの考えていることが分かった。
ウィンとロディは、フローラをしっかり見つめて頷いた。
第四章は6/5(土)に更新予定です。




