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夢幻の書  作者: こばこ
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第三章「皇太子」⑥

「ちくしょう、早い!」

 ラスクが叫んだ。

「ギリギリだ。裏に回られる前に出るぞ!」

 そう続けて、彼は部屋の取手に手をかける。しかし、その西方風の扉からは、ガキッと鈍い音がしただけだった。開かない。

「おっさん!」

 ラスクがラズリー卿を振り返った。非常時とはいえ、宰相様をおっさん扱いとはほんとに度胸がある。

「この建物は、外からも鍵がかかるつくりになっている」

「説明を聞いてんじゃねえよ!敵に入り込まれ過ぎだろ、どうしてくれんだよ」

「どうにでもなる」

 ラズリー卿は、静かに告げた。

「これで閉じ込めたつもりになって油断させておく方がいい。どうにでもなるのだから」

 そう言って部屋の奥に進んだ。


 ラズリー卿は、部屋の奥にあるガラス細工が飾ってあった棚の前に屈み込み、何かをいじった。かちゃりと軽い音がした。

 立ち上がった彼は、棚を掴んで力を込める。と、ごろごろと棚が横に滑った。ウィンの位置からは見えないが、恐らく隠し通路なのだろう。

「同じようにして奥まで行ける。私の部屋へ行くぞ」

 ラズリー卿の声に頷いて、セディアとラスクが隠し通路へと歩を進めた。フローラに目線で促されて、ウィンとロディも彼らに続く。

 でも、ラズリー卿の部屋へ行く?

 ウィンは疑問に思った。外に逃げるんじゃないの?


 ラズリー卿の背を追うように、セディア、フローラ、ラスク、シルヴィー、ウィン、ロディが、隠し扉を開けながら部屋をつたって進んだ。その間にも、武具の擦れる音や馬のいななきがどんどん近づき、そして多くなっていく。すでにすっかり敵に囲まれているのではないかと、ウィンが先行きを案じていた時である。

「宰相キノ・ラズリー殿。宰相キノ・ラズリー殿に申し渡す」

 朗々とした声が響いた。落ち着いた中年の女性の声だ。

「オニキスだ」

 セディアがささやいた。

 ラージ家の当主で現皇后の後ろ盾、ラージ・オニキス。ラージ家の当主は女性だったのか。

「我々は貴殿が皇帝陛下を暗殺せんとした旨の証言を得た。証言に基づき捜査を行った結果、物的証拠も見つかった。本日臨時の公卿会議を開催し、貴殿を処罰することを決定した」

「よくもぬけぬけと!自分たちの悪事を、私の罪にするつもりか」

「公卿会議だって?議長の叔父上も、俺もフローラも抜きで?」

 ラズリー卿とセディアがそれぞれに怒りを口にした。そして、二人は視線を交わした。

「叔父上、やられたな」

「ラージ家の関係者だけでは、公卿会議で過半数は取れない。仮に正式な公卿会議が開催されたとしても、誰かが敵に回ったとみるべきだ」

「俺たちがいないから、過半数には、」

 セディアが指を折る。

「バンナ家か、少数貴族の誰かか、少なくともどちらかは足さないと、過半数になりません」

 彼らの会話に重ねるように、ラージ・オニキスは続ける。

「速やかに出頭なされよ。抵抗されるとあらば、手段は選ばぬ」


 聞こえていないはずはないが、ラズリー卿は黙々と作業を続ける。隠し扉が開き、次の部屋へ進む。

「叔父上、どうしますか」

 セディアが尋ねる。

「奴らの狙いは、私を口実にそなたたちを抹殺することだ。さっきの口上も形だけだ。私が素直に出て行っても、抵抗しただのなんだの言って邸に押し入り、皆殺しにするつもりだろうよ」

 そう言いながら、彼は次の扉にかかる。

「それよりもこっちだ」

「しかし、邸がすっかり囲まれてしまっては脱出できません」

「道はある」

「え?」

 ウィンとロディだけでなく、セディアやフローラ、ラスクもラズリー卿の顔を凝視した。

「道は、この先にあるのだ」

 ラズリー氏はセディアとフローラに向かって、力強く繰り返した。


 *


 恐らく、最初の部屋から五部屋目の扉を開けるときに、ラズリー卿はそれまでと異なる動きをした。

 鍵を開け、扉をわずかに動かして、そこから中に向かって声をかけたのだ。

「誰か、いるか」

 返事はない。

「誰もいないのか?」

 静寂が続く。ラズリー卿の表情が曇った。彼は扉の前から離れ、

「ラスク、開けてくれるか」

 ラスクは、無言でうなずき扉に手をかける。そろりそろりと扉を開け、小柄な彼がぎりぎり通れるくらい―ラズリー卿は通れないかもしれない―の隙間を開け、向こうの部屋を覗いた。

「誰もいないように見える」

 ラスクがラズリー卿を振り返って言った。

「誰もいない……?」

「誰がいるはずなんです?」

 セディアがラズリー卿に尋ねる。

「そなたの配下だ。あるいは、私の配下が誰か来ていると思ったんだが。そなたは、誰を連れてきた?」

「セパ、ラパ、ユンセア。そしてラスクです」

 ラズリー卿は頷いて、

「彼らはこの部屋のことを知っているはずなんだが」

と言った。


「俺は知らなかったぜ」

 ラスクの呟きはしかし、ラージ・オニキスの朗々とした声にかき消された。

「ラズリー殿。出頭されないということは、抵抗の意志ありと受け取るが、いかに」

 オニキスの声を無視し、ラズリー氏は続ける。

「レオも戻って来ていない……裏口で問題があったということか?」

「おい、どうなってるはずだったのか知らないけど、悩んでる暇はないって言ってるだろ。オニキスが攻め込んでくるぜ」

 ラスクの言葉が終わるか終わらないかという時に、カッ、カッ、と鋭い音がした。矢が打ち込まれた音だ。それに続き、ぱちぱちという音。

「火矢だ!」

 セディアが押し殺した声で叫んだ。

次回更新は6/2(水)の予定です。

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