第三章「皇太子」⑤
ウィンは思わず、荷物に伸ばしかけていた手を引っ込めた。
一緒に脱出しようということか。確かに、邸を出るまではそれが最善かもしれない。出てしまえば、この人数比なら逃げようと思えば逃げられるだろう。しかし、皇太子やラスクは、彼女らの同行を許すのだろうか?
案の定、ラスクが口を開いて何かを言いかけた。が、セディアがさっと手を挙げた。視線で何か伝え合ったようで、ラスクは開きかけた口を噤んだ。
武器と荷物を取り、フローラに歩み寄る彼らを横目に、ラスクは何事もなかったかのようにセディアとラズリー卿と話を進める。
「昨日連れてきた馬が三頭、裏口近くの森に繋いである。目立たずに乗れるぜ」
「少し離れるが、私が隠している馬もある。二十頭はいるはずだ」
「とりあえず三頭か。お前、フローラを乗せられるか」
「ああ。あんたは単独で乗れよ」
「もう一頭には、叔父上が……」
「私は行かん。まだすることがある」
「しかし」
「心配するな、後で必ず追う」
「侍女は連れて行った方がいいぜ、役に立つ。馬に乗れないらしいから、誰かに乗せさせろ」
「俺の手の者が、邸の周囲にいるはずだ。何人かは連れて行きたい」
「ラパなら、俺が帰ってきた時に会った。簡単に状況を説明しておいた」
「叔父上の馬の所までは、何人かは徒歩だな」
「邸を出て、どこに向かう?」
「東でしょうか。キノ家の領地へ」
「おい、時間がないって言ってんだろ!その辺は落ち着いてから考えろよ」
「大枠だけは決めておくべきだ。東の方のキノ家領か、天領か。行きやすい方へ向かえ」
「分かりました。では、叔父上」
「フローラを頼んだぞ。二人とも、必ず生き延びよ」
「叔父上もご無事で。身の安全が確保できたら、使者を送ります。ご武運を」
そうして、一行が部屋を出るべく歩を進めた時である。
かたかたと、ガラス細工が揺れる音がした。
開け放たれた窓から、何百という馬の蹄が織りなす重低音が響いた。
次回更新は5/29(土)の予定です。