第三章「皇太子」③
「恐れながら」
ウィンは口を開いた。
「近衛兵に、ということは、私たちが姫さまに忠誠をお誓いし、そば近くお仕えするということでしょうか?」
「そうよ」
フローラは当然とでも言いたげだ。
「だって、昨日助けてくれたじゃない?同じことよ」
善意で助けるのと忠誠を誓うのとでは、天と地ほどの開きがある。ロディにしたって、同じ『雇われる』でも、臨時の護衛に付くのと、配下に加えられるのとでは別物だ。
お姫様は、そこのところを理解できていないようだ。
「同じではありません。私が姫さまにお仕えすることは、できません」
「だから、なんでよ?」
「大地の女神様が、お怒りです」
ウィンが話し終わらないうちに、かたかたと調度品が音を立て始めた。細かな震えが部屋を揺らす。地震だ。
がしゃんと何かが倒れる音がした。青年は、とっさに妹を抱き寄せてかばう。フローラは表情から怒りの色が抜けないまま、しかし咄嗟の自体に動揺しているようだった。
「大地の女神様が、お怒りなのです」
ウィンが静かに繰り返した。ウィンとロディ、そしてシルヴィーは、地震にまったく動じない。これ以上揺れることはないと、これは脅しだと、三人は知っていた。
「今の地震が、そのせいだと言うのか?まさか!」
「お兄様、話がややこしくなるから黙ってて!」
感情的になる二人を前に、ウィンは努めて冷静に話した。
「私と姫さまの間には、確かに身分の隔たりがあります。しかし、海の女神様と大地の女神様は対等です。大地の女神様は、自分の憑座が海の憑座に仕えることを良しとは思われません」
「でも、でも昨日は」
「確かに昨日、私はあなた様をお助けしました。でもそれは、忠誠や忠義じゃない。ただの、人助けです。自分の意志です」
ウィンはそう言って、フローラの碧く澄んだ瞳を見た。いつの間にか、地震は収まっている。
「その違いが、お分かりになりますか」
フローラは唇を噛んで黙った。シルヴィーが、地震で倒れたものを直しに行く気配がした。
青年は、ふうっと息を吐くと、見るともなく倒れた武器を元に戻すシルヴィーを見た。そして、顔色を変えた。
「あの刀は誰のものだ?」
振り向いてウィンはどきっとした。地震で倒れたのは、ウィンが持ち込んだ飾り刀だったのだ。
「私です」
「どこで手に入れた?」
「それは……」
「言えないか?盗品か?」
「いえ、盗んだつもりはないのですが」
「どういう意味だ」
ウィンは迷った。どこまで話すべきだろう?
「先ほどのお話にもありましたが、昨日、私たちは護衛の仕事をしていました。女神様に言われて姫さまを助けに行く時に、その仕事を放り出してきたんです。この飾り刀は、護衛の仕事の雇い主から借りていたものです。急いでいたので、気付かずそのまま持ってきてしまいました」
嘘は言っていない。青年の険しい表情は、話を聞くにつれて少しは和らいだようだった。
「雇い主とは、キューイか?」
「と、申しますと?」
「その飾り刀は、マイソー・キューイの所有品だろう?」
驚きが顔に出てしまった。せっかく名前は伏せたのに、青年は知っていたのか。
「やはりな。奴の元で、何を護衛していた?キューイ自身か?」
「マイソー様ご自身の護衛もしていました。しかし、昨日守るものについては、詳しくは聞いておらず……」
話しながら、ウィンにも話が見えてきた。流石のロディも驚いた顔をしている。
「気付いたか」
また、青年が口の端を曲げて笑う。ああ、やはり嫌だ。
「キューイは俺と懇意にしている。その飾り刀も奴の店で見たことがある。
先日、野盗に襲われて私兵を随分失った、その時に助けてくれた者を雇ったと聞いた。それがお前たちだったんだな。
昨日お前たちがキューイの元で守るはずだったものは、フローラだ。投げ出そうと投げ出すまいと、お前たちはフローラを守ることになってたんだ」
「じゃ、やっぱりあなたたちは、わたくしを護衛する運命なのよ!」
フローラがぱちんと手を叩いて嬉しそうに言う。
「ね、忠義とかはこの際どうでもいいわ。わたくしの……」
「その飾り刀を置いて、今すぐここから出て行け」
フローラの言葉を遮り、青年が凄んだ。
「刀は俺から返しておいてやる。しばらく都にもココシティにも近付くな。これは命令だ」
「お兄様!」
「フローラ、この話は終わりだ。こいつらに、もう関わるな。俺はもう行かなくては」
彼の中で何がどうつながったのか分からないが、判決は下ったらしい。彼の気が変わらないうちに、さっさと退散しようとウィンとロディが立ち上がりかけた時だ。
バタン、と激しい音がして部屋の扉が開いた。
次回更新は、5/22(土)の予定です。
ちなみに、今回フルネームが出てきたマイソー氏。その名前は、とある歴史上の人物から頂いていたりします。