第二部 第四章「日嗣の御子たち」⑤
真冬に戻ったかのような寒い寒い夜をどうにか過ごした翌朝は、さわやかに晴れた。ウィン、フローラ、シルヴィーが忙しく立ち働く中、セディアはロディに今後の流れを説明した。
まず、手の者を全員集める。そのうち二人を、風の憑座についての情報を探らせるために王都に向かわせる。そして、もう一人とラスク、シルヴィーの三人で南に向かい、陽国の重要人物と接触を図る。陽国への入国を認めさせた上で秘密裡に会談を持ち、その人物と密約を結ぶ。
密約は、何らかの条件を達成することと引き換えに、ウィンを王女として認め、その婚姻行列という名目で軍を出させることが目的だ。
条件の達成までは、ロディこと劉夢の伝手を頼って、南陽の首都大安近郊に潜伏したいと考えている。
ここまでの話を聞いて、ロディは首を振った。
「何らかの条件、とは何なんだ。春日国と違って、陽国に差し出せる餌なんて何もないだろう。婚姻を認めて出兵なんて大事、よほどのうまみがないと実現しないぞ。それに、それだけの事案について判断ができ、この話に乗ってくる人物というのは、誰を想定しているんだ」
ロディの言い分は尤もだ。ここが、セディアたちが一番頭を悩ませたところだ。
「ウィンは、兄貴が狙い目だと言っている」
当然、ここでいう兄はロディのことではない。
「貴か?」
「そうだ。ウィンの同腹の皇太子殿下。凡庸で自己顕示欲の強い小物」
「合ってはいるが、ずいぶんな言い方だな。それ、ウィンの言葉か?」
「彼女の説明を俺なりに解釈した結果だ」
「劉貴に、何を要求する?」
「南の平定、というのはどうだ?」
セディアの言葉に、ロディは言葉に詰まった。
「南というのは……」
「南陽。南陽の海賊」
「無理だろ」
「なんでだよ」
「奴らを舐めすぎだ。海賊団と呼ばれているが、あれはもうひとつの国みたいなもんだぜ。陽国の国土の良いところばっかり、一割近くは奴らの支配域だ。海産物も農産物も豊か。船も兵力もある。陽国がかなりの戦力を割いてようやく反乱には至らせずにいる奴らを、お前がどうやって平定するんだよ」
「そこについては、考えがある」
セディアはそう言って、彼らの作戦をロディに伝えた。
*
セディアの話を聞き終わったロディは、かなり長い間無言で考え込んだ。そして天を仰いだあと、
「五分五分ってとこだな。確かに、そういう話なら奴らも乗ってくるかもしれない」
「だろ」
「で、それをネタに劉貴に言うことを聞かせるってのか」
「ああ。南陽の平定なら、大仕事だろ。それをリウ・グァンの功績にする。その引き換えに、こちらの要求を呑んでもらう」
「お前の言った通り、貴は自己顕示欲の塊だからな。上手くいけば、北との同盟も自分の手柄にできると考えて、乗ってくる可能性は高いな」
「ウィンもそう言っていた。陽国内では、血統的に圧倒的な立ち場でありながら、リウ・グァンの立太子を不安視する声もあるんだろう?それらを黙らせ、何なら義兄弟二人で両国の王位を継ごう、ぐらい言いそうじゃないか」
「そうか、そうなったら、お前はあいつと義兄弟になるのか」
どんまい、と肩を叩かれるが、セディアが義兄弟ならロディは異母兄弟である。その方がつながりが強いと思うのだが、セディアは口には出さない。
「だが、お前の計画にはもう一つ、見込みが甘いところがあるな。陽国に行くのがその三人なら、どうやって貴に接触するつもりだ。顔も知らない、土地勘もない」
「巫女の力があれば可能だと思っているんだが」
「不十分だな」
そう言って、ロディはにやりと笑った。
「一全を連れていけ。ちょうどこっちに帰ってくるぐらいの頃だ。案内役として、これ以上の奴はいないだろう」
セディアは少し驚いた顔をした後、
「助かる」
と素直に言った。
「最新の情報を仕入れて、それで計画を練り直す必要もあるしな。しかし……」
と、ロディがふと口を噤んだ。
「何か問題が?」
「そうなると一全は、こちらへ来るなり陽国へとんぼ帰りだ。あいつも年だし、酷かな」
セディアは笑った。
「そんな年齢にも見えなかったが。それに、あんたが頼みにするくらいだ。強靭な人なんだろう?」
「ああ、まあな。無事に陽国に入ることが叶ったら、ゆっくりと休ませてやるとしよう」
そう言って穏やかに笑うと、二人は準備の整った馬の隣で待つ人たちのもとへ向かった。