第二部 第四章「日嗣の御子たち」②
「兵力については」
しばらく考えた後、セディアは迷いを振り切るように顔を上げた。
「意外と馬鹿にできない、と思う。確かに春日国の主だった将軍たちは、併合の際に処刑されたか、軍から追放された。だが、東に残った若い将校たちの中から、有力な男が出てきているというんだな。こいつが、今東の兵をうまくまとめている」
へえ、と、ロディが驚いた顔をする。
「初耳だな」
「ここ二・三年の話らしい。まだ三十路にもかかっていないような若い男だ。一方で、あんたの言うように、兵が実戦から遠ざかっていることは事実だ。その部分を、練兵で埋められるほどの指導力がその男にあるのかどうかは、はっきりしない」
「それは、よくも悪くも重要な情報だな。もっと詳細が分かればいいんだが」
ロディはそう言って、考え込んだ。そして、
「東の兵力はどのくらいだと考えている?そしてそのうちどれだけが出兵してくれると見る?」
「兵力で三万。出兵は一万五千」
ロディの問に、セディアは即答した。
「半数を出してくると?」
「春日国の支配権は、それだけの価値があると思う。春日国の皇家は、現在の状況を心底屈辱だと考えているからな」
「北東部が北ノ国の支配下にあることを、か」
「ああ。そしてミカサの身が北ノ国に置かれていることもな」
「その状況を打破するためなら、全兵力の半分をつぎ込むと?」
「バンナ家はまだしも、ラージ家が権力を確実にしたら、春日国皇家を潰しにかかる可能性が高いからな。そうなる前に、全力で好機を掴みに来ると、俺は思う」
「ふうん」
ロディは、そう言ってまた考え込んだ。セディアは、しばらくロディの様子を見守っていたが、つと黙って立ち上がると、ウィンに目配せをした。ウィンも黙ったまま、彼に続いて取り立ち上がる。
陽がかなり長くなったこの頃だが、それでも空はゆっくりと橙色を濃くしているところだった。セディアとウィンは薪を拾いに行く。フローラも立ち上がって、シルヴィーに頷きかけ、ふたりで夕食の支度を始めた。ロディは、銅像のようにじっと考え込んだまま動かない。好きなだけ考えてくれ、そして、的確な意見をくれ。それが、彼らの総意だった。
薪が集まり、夕食の準備が整い、薄い暗がりの中で粥をすすり始めても、ロディは何も言いださなかった。沈黙の食卓に耐えかねたのか待つのに飽きたのか、セディアが、
「なあ、ロディ。各国が、国中から動員した最大の兵力はどのくらいだと思う?」
と切り出した。
「北が四万。南が六万。東は、さっきの話だと三万だったが、俺は二万五千程度かと思っていた」
ロディの即答に、セディアは首を傾げた。
「やはり南は六万なのか?七~八万はいると思っていたんだが」
「こっちの人々に陽国と呼ばれている地域全体から徴兵できれば、それくらいはいくだろう。だが、南端の奴らは陽国の言うことを聞きはしない」
陽国の中でも南の地域に陣取る一族は、『南陽の海賊』と呼ばれている。
「陽国から独立してやろうと虎視眈々と狙っている奴らだ。海軍を中心に、ざっと一万。俺があっちを離れてから、もっと勢力を伸ばしているかもしれないな」
「概ねウィンと同意見というわけか」
「さらに言うなら、陽国としては、南陽に対しての警戒を怠るわけにはいかない。だから、海陸合わせて一万以上は南に当てることになる。実際に他国に向けて動かせる兵は、もっと少ないだろうぜ」
「自国の内部事情を、そんなにぺらぺら話していいの?」
真面目な皇女様が、眉間に皺を寄せて尋ねる。ロディは軽く笑って、
「陽国の事情に多少詳しい奴なら、誰でも知ってるさ。上層部だけの秘密ってわけでもない。むしろ、あんたたちはその情報は掴んでないのか?」
「陽国が、内部――南端地域に火種を抱えているという話は、もちろん知っている」
セディアが馬鹿にするなと言いたげだ。
「だが、実際にどの程度対立しているのか、今の君主間の関係はどうなのか、そこまではつかめていない。共通の敵があれば結束してかかってくるかもしれないだろ」
「どっちかというと、奴らは、敵の敵は味方って考えそうだけどな」
ロディはそう言ってから、
「ウィンはそう言わなかったか?」
「私は、南の戦いには出向いたことがないから、肌感覚としてあちらの人の感情は分からないの」
ウィンはそう断ってから、
「でも、知識から推察するに、私は、南陽は私たちの味方になり得ると思ってる。だって、彼らは海の民で、海の女神を信仰していて」
フローラを見てそう言ってから、
「春日国の生き残りだから」
シルヴィーをじっと見つめた。