第二部 第四章「日嗣の御子たち」①
聞き終えたロディはしばらく目を瞑って何やら考えていたが、
「ヒヅル本島北東部の支配権を、あちらに返すから協力してくれってことか」
とつぶやいたあと、
「あんたはそれでいいのか」
と、フローラに向き合った。
「実質的な人質だろう。妹を差し出します、これでこちらが軽々しくあなた方を裏切らないと分かるでしょう、ってことだろ。これ。それでいいのか」
「もちろんよ」
フローラは、心外な、とでも言いたげに答えた。
「だって、この条件は冬の間にみんなで考えたのよ。わたしに異論があれば、その時に言っているわ」
「じゃあこれは、お前たちの総意というわけか」
ロディはそう言って、全員を見渡した。誰も異を唱えないことを確認し、さらにしばらく黙した。そして、
「早急すぎるな」
と言った。
「やろうとしていることは分かる。だが、いきなり列島統一と言われたら、反発を食らうのが普通だ。春日国の統合もだが、陽国も統一するつもりだということを伝えてしまうと、実現可能性が極めて低いと捉えられてしまう。そんな賭けに乗るやつはいない」
セディアが反論したそうに口を開くのを制して、ロディは続けた。
「相手を説得する自信があるのは分かる。旧知の間なんだろ。だが、どうやって説明するつもりだ。お前が王都に乗り込んで、春日国の皇太子殿下に面談するわけではないだろう?他の者が行って説明するか、せいぜい文を書くかだ。それだと、お前と皇太子殿下の信頼関係に賭けるのも、反対する臣下を説得するのも難しい。将来的な列島統一という方向性はお前たちの腹の中に置いておいて、まずは同盟を結ぶことから始めるべきだ」
ロディに断定口調で言われて、セディアは黙り込んだ。考えているのだ。考えているのには違いないのだが、多少ふてくされている意味合いも含まれているのを、今のウィンは知っている。自分のやりたいことを、理詰めで否定されて、理屈は分かったけど納得したくない。彼には、そういう子どものようなところがある。あるのだが、それを外に出さないように訓練されている。そういう人だ。
*
友人である元皇太子からの文は、かつて二人で作った独自の暗号で書かれていた。お互いに予備知識がないと解けないものだ。ミカサは、久しぶりに使うその知識を使って、小さな紙に記された文字とも記号とも呼べるものを解読していった。
読み進める、というほどの長文ではない。鳩よりさらに体の小さい燕に託された手紙だ、綴れる言葉は多くない。それでも、その短い手紙は、筆者の想いを雄弁に語っていた。
「くくくっ」
ミカサの口から笑いが漏れる。
「はは、ははははは!」
可笑しい。可笑しくてたまらない。
相も変わらず、あいつは賢く、誇り高く、大胆で、そして傲慢だ。
「何事ですか」
隣室にまで笑い声が響いたのだろう、初老の男が顔を出した。祖国から付いてきた側近の一人で、先程中庭を確認しに行った者だ。悪い人間ではないが、冒険心と野心と面白みが足りない。もちろん、敢えてそういう人物を近くに置かされているのだ。
「二上、面白い話がある。三上も呼んで来い」
一礼して下がる男の、わずかに曲がった腰を見送りながら、ミカサは二人の反応を考える。彼らは、この文の内容をどう捉えるだろうか。
待つことしばし、目の前で二人の男が畏っている。この二人は兄弟で、顔と体つきは全然似ていないのに、雰囲気がとても似ている。
「読んでみろ」
ミカサは、二人のうち兄の方、フタカミに文を渡した。ミカサの配下のうち、この暗号を解けるのはこの二人だけだ。この二人までは知られても良いという、相手方の意思表示でもあるのだろう。
ミカサの予想通り、初老の男は驚愕の表情を浮かべた。
「なんともはや……」
フタカミは、どうにかそう絞り出すと、文をミカサに返そうとした。
「お前も読め」
フタカミから受け取った文を読み終えたミカミの反応も、フタカミと似たり寄ったりだった。彼は、兄と違って何も言わなかった。
「どう思う?」
「荒唐無稽なお話です。身ひとつで逃げておいでのお方でしょう。このようなこと、どうやって成し遂げるのです」
フタカミが言った。
「お前は?」
と、ミカサはミカミにも問うた。
「手段もですが、考え方も。無謀この上ないかと」
弟の方が言った。
「ふん、お前たちはそう捉えるんだな」
本国にはもう少しマシな人材が育っているとよいが、とミカサは思った。そして、言った。
「これは好機だ」