第二部 第三章「忍ぶ者たち」⑤
「燕?」
ロディは、よく分からないがどうせ何かあるんだろうという、極めて複雑な表情で首を傾げて見せた。
「燕がな、南から北へ渡る。その時に、手紙を届けてもらうのさ」
「鳩みたいにか。しかし、燕の文使いなんて聞いたことがないぜ」
「そういうことができるやつがいるだろ?」
セディアの言に、ロディがシルヴィーを見た。
「へえ、そんなこともできるのか」
と、静かに言った。今更何を聞いても驚かないという態度だった。
「確実ではありません。ですが、燕たちに行先を聞いて回り、王宮を目指すものがいれば、文を託すことができます」
「誰に届けるかも?」
「簡単な指示なら。ですが、確実ではありません。相手の方にも、うまく気付いていただかないといけませんし」
「それについては心配いらない」
セディアが、静かに言った。
「勘のいいやつだ。上手く振舞ってくれると思う」
「受け取り人は、春日国の皇太子か」
「そう。ミカサに、協力を仰ぐ」
「だがお前は、まず南に行くと言っていなかったか。交換条件を出して、ウィンを王女の立場に戻す、と」
ロディが、先日飯屋でセディアが話した内容を口にした。
「ああ。まず南に行く。でも、下準備としてはそれより先にすることがある」
「それが、春日国の皇太子に連絡を取ることか」
「そうだ」
「春日国は、すでにお前と協力関係にあるんじゃないのか」
「協力関係には、ある。だが、それは友人の延長のようなもので、軍を動かすとなれば話は別だ。列島統一の方針も含め、きちんと話したうえで、出兵を依頼する」
「軍を動かす?春日国の兵を頼みに、北ノ国の国軍と戦をするつもりか?」
「戦にしないための軍だ。現状、王都は一旦落ち着いている。俺の立場からすれば、落ち着いてしまっているとも言える。この状況下で、俺が正当の皇位を主張して帰国するには、相手方が、戦っても無駄だと思うくらいの権力を見せつけて戻るしかない。目に見える形で、兵力として示すんだ」
セディアの言葉に、ロディは首を傾げる。
「戦をしないための大軍、という話には賛成だ。だが、問題が二点ある」
ラスクがいたら、ロディの言葉にうんうんと頷きそうだなと、ウィンは思った。
「まず、春日国が列島統一に同意するかという問題だ。彼らにとってのうまみはなんだ。北ノ国まで出兵する見返りと、その担保を、どうやって示すんだ」
「それに答える前に、もうひとつの問題点について聞こう」
「春日国の兵力はたかがしれている。そもそも北ノ国に併呑されてから、牙を抜かれた軍だろう。まっとうな将軍もおらず、戦闘経験のある兵も少ない。そんな兵に、抑止力があるのか」
セディアは、ロディの言い分を聞くと、俯いてくつくつと笑った。
「なんだよ」
「いや、さすがだよ」
まだ顔に笑みを残したまま、セディアは顔を上げた。
「指摘の通りだ。その二つは、解決しなければならない課題だと、俺も思っている」
そう言って、彼はミカサに提案するつもりである条件を告げた。
一つ、列島統一の後は、旧春日国地域についての統治の全権を春日国皇家に移譲する
一つ、統一国家および旧北ノ国は、旧春日国の統治方法および文化政策について口出ししない
一つ、旧国間の隊商の行き来については全面的に自由とし、税を課さない
一つ、統一国家は列島全域に対して徴兵権を持つ
以上、北ノ国皇太子の名をもって約す
ついては、皇太子一行が王都に帰還する際は、春日国の兵一万を率いて同行すべし
なお、友好の印として、春日国皇太子ミカサと北ノ国皇女フローラの婚姻を望む