第二部 第三章「忍ぶ者たち」③
「完全に安全だとは言えないが、今のところあいつらを疑う理由はないな」
シルヴィーとの話し合いから戻ってきたロディは、巫女と同じ結論を口にした。
「何か言い含められたか」
セディアが斜にロディを睨んで、言った。
「いいや。というより、ほとんど予想通りだったな」
「予想通り?」
「元から知っていたってことだよ」
「お前、ユンセアのこと知らないじゃないか」
「昨日の夜、話しただろう。一刻も話せば人となりは多少分かる」
「そんなに簡単なもんじゃないだろ」
「多少は、って言ってるだろ。謁見だってそうだろうが。少ししか会わないけど、会ったら何となく人柄も立場も分かるだろ」
なるほど、とセディアは思う。その言葉は一理あるのだが、
「でも、それじゃロディがあの数刻の間に見抜けたことをわたしたちは分かってないってことでしょう?」
セディアの疑問を、フローラが口にしてくれた。
ロディは意外にも、セディアに対するのとは全く異なる、優しい表情をフローラに向けた。
「近くにいるものほど分からないこともある。傍目八目ってやつだ」
まあそれに、とロディは、
「相手に知られたくないこととか、気を遣って隠すこととか、あるだろう。俺はこの面子の中では部外者だ。だから見えることもあるんだろうさ」
そうだ、と言って、ロディは改めてセディアに向き合った。
「彼女の昨夜の話、俺は完全に理解してるわけじゃないからな。そこのところは承知しておいてくれよ」
話が変わる気配を感じて、ウィンは背筋を正した。昨夜の話。ユンセアがセディアに報告した内容。王都の状況と、彼の手の者がどうなったかという話。冬の間に一通りの人間関係を把握していたつもりのウィンだって、話についていくだけで精一杯だったのだ。ロディには正確に伝わっていない部分も多いだろう。
ロディの言葉は、セディアへの配慮半分、我が身可愛さ半分といったところだろうか。
「というか、俺に理解させる気もなかっただろ。こっちから詳しくも聞かないぜ」
「ああ、そうしてくれると助かる」
ふたりが意味ありげに笑ってそんな話をしているのを、ウィンは不思議な気持ちで見つめた。王子・皇子という立場が共通するだけじゃなくて、このふたりはどこか似ている。言葉にしなくても通じ合っていて、でも、言葉にして皆に聞かせておいた方がいいと思うから言葉にしている。
ああそうか、とウィンは思う。
私を中心に考えたら、この二人は義兄弟ということになるんだ。
私を、ほかの誰も愛してくれなかったこの私を、何の義理もないのに大切にしてくれたのが、この二人なんだ。
やっぱり、ほかの人とは違って、このふたりだけに共通する部分があるのかもしれない。
「そういや、桜。ラズリーさんと見られそうにないな」
ロディが、しんみりした口調で、でも少し挑戦的に笑いながらセディアに言った。
セディアは、分かっているくせに、と少し面倒くさい顔をしながら、
「あれはいいんだよ。というか、よく覚えてるな、そんなこと」
と答えた。
ラズリー卿の部屋から坑道に降りるときの会話だ。暖炉の下の脱出路を示して、ラズリー卿は言った。
『必ず生き延びろ。来年の桜を、また共に愛でるぞ』
そして、セディアたちは坑道に下り、ラズリー卿は館に残った。
「さすがに不自然だったからな。やっぱり何かの符丁か」
「まあな」
セディアはそう言ってから、片方の眉を上げて、
「詳しく聞かないんだろ」
「ああ、これ以上は聞かない。でも、本当に桜の時期に再会することを目的した指示だったなら、これからの動きに関わってくるだろう。是か非かくらいは聞いておこうと思ってな」
ロディの言い分に、セディアは肩をすくめただけで何も言わなかった。ロディがからかい半分でこの話題を出したことを、セディアは分かっているのだ。
「じゃれてる場合じゃないでしょ。移動しようよ」
「ねえ、もう出発した方がいいんじゃないの?」
ウィンとフローラの台詞がきれいに重なって、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
「だって、ねえ?」
「今日は、昨夜に関する話し合いが終わり次第移動だって決めてたのにね」
そう言ってくすくす笑ってると、ロディが半眼で黙って彼女たちの背後を指さした。
そこでは、シルヴィーがもくもくと馬に荷物を載せて、出立準備を進めていた。いつのまにかセディアも、焚火の跡を消しにかかっている。
「ごめんなさい」
「準備します」
「お前ら、気を抜きすぎ」
ロディに額をつつかれたウィンは、自分だってふざけてたじゃない、という台詞を飲み込んで、少しふてくされる。
だって、昨夜は本当に気を張っていたのだ。初めて、北ノ国の未来の皇后として、彼の仲間に紹介されたのだ。認められなくてはならない人間として。
ユンセアが発って、安心できる面々に囲まれて、少しくらいふざけてみたくなったのだ。
こういうの、許されなくなっていくんだろうなあ。
自分で選んだ道である。後悔はない。それに、気を許せる人間の数でみれば、幼少期に比べたらずっと多いのだ。
でもまあ、切り替えは大事よね。自分に向けてそうつぶやいてから、彼女も馬に鞍を載せにかかった。