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夢幻の書  作者: こばこ
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第二部 第三章「忍ぶ者たち」②

「お嬢さん、どうなるの?」

 もう話は終わったのだと思った頃、ユンセアがラスクに尋ねた。その声は、思いがけず気遣わしげだった。

「まだ分からん。分からんけど、東との繋がりはますます重要になる。嬢さんの本願成就も、ありえると思うぜ」

「そう」

「そうなら、めでたいことだな」

「……そう」

 ユンセアが束の間返事を躊躇ったのは、彼の言葉が精一杯の強がりであることを悟っているからだろう。そして彼も、悟られていることを知っている。

「なあ、お前、そういうの全部排除して判断できるのか」

「そういうの?」

「自分の本音みたいなもの。本当なら、ウィンのこと歓迎なんてできないだろ」

 ユンセアは、ふふっと優しく笑った。

「できるに決まってるでしょう。それが私たちの仕事。生きる意味だもの」

「ふうん」

「それに」

 ユンセアは言葉を切って星空を仰いだ。春の夜は、寒い。

「話を聞く限り、今主人のやろうとしていることが間違ってるとは思わない。皇位を睨む鋭さは、むしろ以前より増していて、理論も合理的になってる。理由が何であれ、それは歓迎すべきことよ」

「へーえ」

 ラスクはそう言って、ユンセアに倣って空を仰いだ。

「その強さを、俺も見習うとするか」


 二人の会話を、春の夜が聞いていた。木々が、花が、虫たちが。そして自然に仕える巫女が、聞いていた。



「で、どうだった?」

 セディアからそう問われたシルヴィーは、軽く俯いて視線を地面に落としたまま、

「完全に信頼できると言い切ることはできませんが、今のところ彼らを疑う理由はないと思います」

と答えた。

「何によってそう判断した?」

 セディアの口調は詰問だ。そして、彼はシルヴィーの方を向きもしない。

 ラスクがユンセアを連れてきた次の日だ。二人は朝食を終えると、仮眠すら取らず次の仲間を探すために旅立った。彼らを見送り、十分に距離が離れたと巫女が宣言して、この話し合いに入ったのだ。

 セディア、とウィンが諌めるが彼はそっぽを向いたまま、

「あいつらは夜に何か話していたか。いたなら、その内容を具体的に話せ」

と冷たく放った。


 ユンセアのことを、完全には信用していない。これは本当のことだった。また、ラスク本人を疑うわけではないが、彼自身が騙されている可能性も考えられる。そこで、ラスクにすら秘密で設定されたのが、新参者と見張りをさせてその会話をシルヴィーが密かに聞いている、この方法だった。

正直、あまり気分のいい作戦ではない。だが、背に腹は代えられない。闇の者のうちの誰かが敵に通じていた可能性はそれなりに高い。それを排除する必要があった。


 ウィンは二人を見比べてため息をつく。以前、ラスクはセディアとシルヴィーを指して『水と油』と言った。それは間違っていないし、実際、どちらとも親和するウィンやフローラがいなければ、彼らの関係は成り立たない。

 だが、今回のように彼女の協力がないと進まない作戦もたくさんあるのだから、もう少しまともな態度を取れないものだろうか。

 二人の関係については、この一冬の間に散々気まずい経験したし、幾度もセディアを説得したが無駄だった。『嫌いなんだよ、ああいうの』と一蹴されるのだ。


 でも、それにしても、

「ねえ、シルヴィー。ここでは話しづらいことなんじゃない?」

 シルヴィーの態度はセディアに対する萎縮というだけではない気がした。

 ラスクとユンセアの会話。そしてシルヴィーが言い淀む中身。何となく、ウィンには察しがついた。ラスクの心の底に揺蕩う気持ちに、この冬の間にウィンは気付いていた。

 久しぶりに忍びの先輩であるユンセアと話したのだ、相談したい、打ち明けたいこともあったのだろう。


 シルヴィーは、静かに頷いた。

「どういうことだ」

 セディアの不機嫌そうな問いかけに、ウィンは何と答えたものか少し考える。そして、

「私は鋭いの。あなたと違って」

と、にやりと笑ってみせた。セディアは虚をつかれたような顔をしたが、諦めたように首を振って、

「よく分からないが、ウィンが理解しているというなら、任せた」

と言った。ほんとにこの人、シルヴィーのこと苦手だなあ。

 だけど、今はこのめんどくさい人の相手をしている場合ではない。

「じゃ、シルヴィー。私になら、昨夜の話を教えてくれる?」

 ウィンの投げかけに、しかし、シルヴィーは再び躊躇う様子を見せた。

 あれっ。ラスクの本心をセディアやフローラに知られないように、気を遣ってるんじゃないの?

「その役目、俺が引き受けよう」

 やれやれと言わんばかりの態度で、ロディが片手を挙げた。

「それなら構わないだろう?」

 ロディの申し出に、シルヴィーはおずおずと頷いた。

「えっ、どういうこと?」

 今度はウィンが置いていかれる形になってしまった。

「俺は鋭いんだ。お前たちと違って」

 呆れ半分でそう言いながら立ち上がると、ロディはシルヴィーを手招きして草むらの向こうに行ってしまった。

 残された三人――ウィン、セディア、フローラはぽかんと二人の背を見送る。


「わたしたち、鈍いの?」

 フローラの問いに答える者はなく、その言葉は虚しく春の陽気の中に散っていった。

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