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夢幻の書  作者: こばこ
116/129

第二部 第二章「すみれの人」⑤

【本編に戻ります。第112部分の続きです】

「何?」

 今度はセディアも驚いた。

「我々は、旦那様は主人あるじと共におられるものだと考えておりました。あの日以来、旦那様からは招集も連絡もありません」

「村に連絡は?」

「ありません」

 三度みたび、セディアは考え込む。しばし考えて、

「叔父上はやしきから脱出できなかったと言うことか?」

「あそこまで来といて逃げそびれるってのは考えづらいけどな。おっさんの言ってた『まだすることがある』ってやつの中身にも寄るが」

 セディアの問いに答えたラスクの声はいつもの調子を取り戻している。切り替えの早いことだ。

「することがある?」

「俺たちが邸から逃げる時、こいつが一緒に逃げようって言ったんだよ。だけど、おっさんはまだすることがあるって言って残ったんだ」

「主人は、いつ頃邸からお出になったのですか?」

「火矢のしばらく後だ。オニキスが、抵抗の意志ありとみなすと言って家を燃やして、火が回ってきたって頃だな」

「では、旦那様とあちらのやりとりは聞いておられないのですか?」

「やりとり?」

「はい。旦那様が、敵方の言い分に対して反論なさったのです。私も戦いながらだったので一字一句逃さず聞けたわけではないのですが、国軍を動かしたことを非難し、行動の真意を問うておられたようでした」

「行動の真意だと?」

「暗に、狙いは主人とお嬢様ではないのかと」

「奴は、何と答えた?」

「公卿会議で正式な手続きを踏んだ出兵だと」

「ふむ……」

「時間を稼いでくれたんじゃない?」

 四度よたびセディアが沈黙に入ろうとしたところに、ウィンの声が響いた。一同の視線が彼女に注がれる。

「あの時、あなたたちは私たちを始末しようとしてた。坑道に降りて、広場に出て、邪魔者を始末して、先に進む。それなりに時間がかかるよね。それと」

 ウィンは、自分の言葉が全員に染み込むのを待って続ける。

「邸が完全に焼け落ちるまでは突入してほしくなかったんだと思う。建物が残ったままだと、あちらもいろいろ調べやすいんじゃない?」

 彼女の言葉が終わると、しん、と静寂が降りた。

 ラスクが少し口の端を上げて拍手をした。ぴぃっと、春の鳥が鳴いた。

「わたくしたちのために、叔父様はぎりぎりまで粘ってくださったということ?」

「そんなところだろうな。本当に、何かしなければならないこと、例えば何かを持ち出すとか、そんなことがあった可能性も否定はできないが」

「でも、じゃあ、その後音沙汰がないってことは……」

 少し青ざめたフローラに、セディアが首を振って見せる。

「確かに、叔父上の身に何かあった可能性は否定できない。だが、叔父上がそんなヘマをするとは考えづらい。脱出してどこかに潜伏している可能性もある」

「どうして潜伏するの?誰にも連絡を取らずに?」

「それが賢明だと判断したからだろ」

 フローラの問いに答えたのはラスクだった。

「ユンセア、今の王都の状況を話してやれよ」

 ラスクの言葉に、ユンセアは頷いてセディアとフローラに向き合った。


「現在、皇位はスクロス様。そして皇位継承権第一位、皇太子のお立場にはシュリ様がお就きになっております」

 ウィンは、ユンセアが皇族の名前を直接読んだことに驚いた。敵方には隠語はないのだろうか。あるいは、意図的なものだろうか。だが、それ以上に、ユンセアの語り口に悔しさが滲んでいることに驚いた。忍びの人というのはもっと淡々として感情のない人たちかと思っていたけれど、ユンセアは表情をあまり動かさないだけで、伝えたい感情は伝える人なのかもしれない。

「やはりスクロスか。トレアじゃないんだな?皇位継承権はどうなった」

 トレアは、先帝と現皇后の長女で、ラージ家の虎の子だ。昨年の秋までは、皇位継承権一位がセディア、二位がフローラ、三位がトレア、その次が皇帝の弟のスクロスだった。

「スクロス様の皇位は暫定のもの、とされています。ラージ家によって、皇太子と皇女……当時の皇位継承権第一位と第二位が抹殺された可能性があるなら、たとえ皇位継承第三位と言えどもラージ家の皇女を皇位に就かせることはできないと」

「その主張が通ったんだな?」

「一応は、公卿会議の結論だとされています。当事者の面々を除いた公卿会議でしたから、五票でバンナ家が最多でした。主人、お嬢様、旦那様、リパリス、オニキスを除いているので、ヒラ票ばかりですね」

「議長は誰が務めたんだ?」

「スクロス様です。年齢的にも、立場的にも他におるまいと」

「そりゃ、結論はバンナ家の思いのままだな」

「ラージ家はよく反発しなかったな」

 ラスクとセディアがそれぞれ感想を述べた。

「キノ家の面々が行方不明だったことも大きいのではないでしょうか」

「そうだ。キノ家の皆はどうなったんだ。叔父上は行方が知れないと言うことだったが、他の者は?トロべたちは?」

「当初行方が知れず、何者かに拘束されていたと思われますが、その決定がなされる公卿会議の少し前に解放されております。チクシーカの邸が燃えたのが、十の月の十二日。皆様が解放されたのが、同じ月の三十日。公卿会議が開催され、スクロス様が暫定的に皇位に就かれたのが、十一の月の十日です」

「お前がぶっ倒れてた頃だな」

 ラスクの揶揄いにロディが少し笑った。が、セディアはユンセアの話に一途だ。

「なぜ、一旦は拘束した身柄を解放した?拘束していたのはバンナ家で間違いないか?」

「証拠はありません。若様たちも、何も証言はしておられません。ですが、状況からみてまず間違いはないかと」

「なぜ解放された?」

「その理由としては、まず、すぐにはお二人が見つからなかったからだと思われたからだと思います」

 お二人とは、セディアとフローラのことだ。全家が家運をかけて追求した、正統の後継者たち。

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