第二部 第二章「すみれの人」④
「紹介が済んだところで、ユンセア、報告をしろ。情報がほしい」
セディアの言葉に、そして口調に、甘い雰囲気は瞬く間に消え去った。他の面々も、ここからが本題だとばかりに表情を引き締めた。
「ラスクから簡単に聞いているが、王都はどうなっている。皇位は、キノ家の人たちは。俺たちがチクシーカにいる時、そして叔父上の邸を出てから、関係者にどんな動きがあったか、説明してくれ」
もともと引き締まっていたユンセアは、そのままの表情で頷いた。
「まず、チクシーカの騒動の後、ケアラと連絡が取れません」
「やはりか」
「あちらに付いたとみて、まず間違いはないかと」
「おっさんの館で、いろいろ想定外があったのはそのせいか?」
ユンセアはそうだとラスクに頷きかけた後、セディアに向き合った。
「我々はレオと見分けがつきますが、館の者たちはそうではありませんから」
「こちらが使っていた手を、逆に利用されたというわけだな」
「はい」
「だが、ケアラの離反は想定の範囲内だったはずだ」
「はい。ですので、ケアラは重要な情報を持っていませんでした」
「俺がチクシーカにいることを敵方に知らせたのはケアラか」
「分かりません。王都の屋敷を張っていた、別の者の可能性もあります。ケアラの仕業と見て間違いないのは、チクシーカの邸で、我々と主人を分断したことです。主人とお嬢様、旦那様を応接室に閉じ込めて、火炙りにしようとしたこと」
「俺たちのいた部屋に、外から鍵をかけたのはケアラだということだな」
「あるいは、彼の指示を受けた邸の者です。邸の下働きの者たちは、彼をベッジだと思っていたでしょうから」
「その頃、お前たちは何をしていた」
「裏門で戦っていました」
「何?」
「邸が包囲される少し前、恐らくラスクが到着したすぐ後に、敵の忍びの者が裏門から侵入しようとしていました。それらと戦っておりました」
セディアは、腕組みをして少し考える素振りを見せた。そして、
「順を追って話せ」
「王都から国軍が発したことを受け、お姐さんがラスクを知らせに寄越しました。ラスクは裏門を守っていたラパにそのことを伝え、自身は旦那様に知らせるために応接室に向かった」
そこで言葉を切ったユンセアは、ラスクを見た。
「合っていますね?」
ラスクは頷いて、
「まず、事態を自室にいたおっさんに伝えた。で、おっさんの指示に従って応接室に向かって、こいつに伝えた」
こいつと言うのはセディアだ。『やべえ!』の時の話だ、とウィンは記憶を辿る。
「そして旦那様の指示で、レオが、邸を警護していた私とセパにそのことを伝えました。ちょうどその時に、火急を知らせる笛が聞こえました。ラパのものでした」
「俺は気付かなかったな」
そう言ったのはラスクだ。
「あなたは訓練を受けていませんから」
当然のように切り捨てられても、ラスクはふくれもせず肩をすくめただけだ。
「その音を聞いて、私たちは裏門で問題があったと知り、駆けつけました。そうすると」
「裏門が攻められていたというわけか」
セディアの答えに、ユンセアが頷いた。
「だから、叔父上の部屋に誰もいなかったわけだな?お前と、セパ、ラパ、レオも、裏門にかかりきりだったわけか」
「はい」
「お前たちは、脱出路のことは知っていたのか」
「セパ、ラパ、私は知っています」
「レオは?」
「知らないはずです。旦那様が個別に教えていれば分かりませんが、ケアラのことがあったので、用心のためにレオにも教えていないはずです」
またセディアは黙り込む。脳味噌の回転する音さえ聞こえてきそうだ。
「お前たちは、裏門を守って時間を稼ぎさえすれば、俺たちが脱出できると判断したわけだな」
「はい」
ユンセアの答えに、セディアはまた黙り込む。度重なる沈黙に飽いたのか、ラスクが
「賢明だったんじゃないか。実際その通りになったろ」
と口を挟んだ。
「それはそうなんだが」とセディアはまだ熟考しながら、
「お前たちは、ラスクを信用していたんだな?」
と問うた。セディアとユンセアを除く全員が―言及されたラスクさえ、その問いに目を丸くした。
「はい」
ユンセアは当然のことのようにはっきりと返事をした。
「ラスクが主人とお嬢様に背くことはないと、思っておりました」
「なるほど」
主従の会話に、ラスクはきまり悪そうに尻をもぞもぞさせた。仲間外れにされても、貶されても、悪態をつくことはあっても困るようなことはなかった彼が、恥ずかしそうに視線を外す姿は、ウィンには新鮮であった。
褒められてるのになあ。でも、分かるような気もする。私だって、こんなふうに事実確認されたらきまりが悪い。
「で?俺たちが脱出した後、邸はどうなった。叔父上は?」
「それが」
周囲の様子を全く意に介さない二人の会話は続く。ユンセアは少し言い淀んだあと、
「旦那様のご無事は、まだ確認できていません」
と告げた。