第二部 第二章「すみれの人」②
人を待っている。ずいぶん長い間、誰も口を利いていない。ただただ沈黙が、五人の間を満たしていた。
昼下がりの春の森は賑やかだ。小鳥は鳴き交わし、風に木々の葉がさざめいていた。萌え出る命の奏でる音色はしかし、隠れて近付こうとするものの気配を覆い隠してしまう。
春に浮かれる森の中で、五人は警戒に神経を尖らせていた。
突然、銀髪の少女がぴくりと肩を震わせ、顔を上げた。耳を澄ましているかのように、目を細める。
「来ました」
「ひとり?」
彼女の発言に、栗色の髪の少女が尋ねる。碧眼が期待と不安にきらめく。
「いいえ」
銀髪の少女は、その黄緑色の瞳を閉じて首を振る。
「ラスク様と、もう一人。女性のようですね」
その言葉を受けて、皆が仲間のひとりの青年に目を向ける。先ほどの少女によく似た栗色の短い髪を風に揺らしながら、青年が頷いた。深緑の瞳が、ぎらりと光った。
「お、ロディだ」
茂みから姿を現した少年が、五人の姿を認めて表情を緩めた。赤みがかった短い茶髪に、同じ色の瞳。利かん気の強そうな顔立ち。
声をかけられた青年が、軽く手を挙げて応えた。その仕草に、束ねた長い黒髪がさらりと揺れる。
「首尾よく行ったみたいだな」
少年は、茶髪の青年と黒髪の青年の間にどかりと腰を下ろしながら言った。
「お前もな」
茶髪の青年が答える。そして、少年の背後で畏って礼をしている新参の女性に向かって声をかけた。
「ユンセア」
黒髪に茶色い瞳。女性にしては背が高い、細身の女が顔を上げた。セディアやフローラよりもずっと年上に見える。ロディと同じくらいだろうか。
気の強そうな釣り上がった目が、青年を捉えた。
「ご無事で何よりです、主人」
「また動いてもらうことになる」
「何なりと」
「まず、今の仲間を紹介しておく」
セディアの視線を追って、新参の女は残りの面々に目を向ける。表情はほとんど動かず、その思考は他の者には伝わらない。
「フローラ、ラスクは知っての通り。そいつのことは、知ってるか?」
セディアが、シルヴィーを視線で示した。巫女は小さく頭を下げる。
「お嬢様の、侍女の方ですね」
「ああ。そして、こちらが」
セディアが、今度は傍らに座る少女の背に手を添えた。短い黒髪に、紫色の瞳。意志の強そうな太い眉。ウィンは、そっと姿勢を正した。
「未来の皇后だ」
しん、と少し間がある。
「それは、どういうことでしょうか」
「将来的に、俺の妻に迎えるということだ。もちろん、正妻として」
「お言葉ですが」
ユンセアは、表情を変えないまま、
「そのようなお話は聞いておりません」
「今初めて言ったからな」
セディアは彼女の淡々とした話し口を気にもしない。
「だが、彼女なくして我々の未来はない。お前たちは、俺と同等の忠誠を持って彼女を守れ」
その言葉を聞いて、初めてユンセアの視線が動いた。誠かと、尋ねるような視線がラスクに注がれる。
「そういうこった」
にやりと笑ったラスクに肯定されたユンセアは、僅かに眉を顰めた。思考を巡らせるかのように、黙り込む。と、ラスクが補足をした。
「こいつは、恋女房を皇后に据えたいんだよ。ある意味釣り合いが取れてて、ある意味最悪の恋人同士ってわけだ」
「釣り合いが取れているけど、最悪?」
「素性、聞いてみろよ」
ラスクがウィンを顎で示した。ユンセアは、言われるがままにウィンを振り返る。居住まいを正したウィンは、落ち着いた声で、
「劉・幻・ウィンです。ユンセア、あなたのことは聞いています。来てくれて嬉しいわ」
さすがのユンセアも、この返答には驚いたらしい。切れ長の瞳が見開かれ、ラスクとセディア、そしてフローラからウィンと、視線がするする動いた。
「混乱するよなあ」
予想通りの反応だったのか、笑いを浮かべながらラスクが言った。
「簡単に言うと、男だと思っていたリウ・ファンは実は女で、死んだことになってるけど生きて北ノ国に潜伏してて、逃亡中に俺らと出会って、我らが主人は御心を奪われました、とこういう訳だ」
「簡潔かつ事実を的確に伝える説明だな」
「かく言う、こいつはリウ・モンだぜ」
こちらも笑いを含んだ声で割り込んだロディを親指を立てて示しながら、ラスクはユンセアに追い討ちをかける。
無表情を装おうと試みるも、何が何だか分からないという雰囲気が浮かぶユンセアに、ラスクは説明を追加する。
「こいつらが一緒になりたいってんで、そいつに協力を仰いだんだ。大丈夫、お前の主人ともそれなりに上手くやってる」
こいつらとはセディアとウィンすなわちリウ・ファンであり、そいつとはロディことリウ・モンだ。さすがに頭を抱えたユンセアは、
「少し考えさせてください」
と絞り出してしばし沈黙した。