第二部 第一章「のちに彼はかく語りぬ」③
「おやじ、ごちそうさん」
そう言って立ち上がると、長机に二人分の飯代を置いた。
「少し歩こう。ここで話せるような内容じゃなさそうだ」
青年も俺に続いて席を立ちながら、小銭に気付いて、
「ご馳走様」
と律儀に言ったが、俺の耳にはほとんど届いていなかった。頭の中で、さっき聞いた話がぐるぐると回っていた。なぜか、少し腹が立っていた。
何を言っているんだ、こいつは。
先に立ってすたすたと歩きながら、心の中で一人毒づく。
ヒヅル列島を統一する?
それはつまり、陽国と北ノ国と春日国の境をなくすということだ。約五百年前に大陸民がヒヅル列島に進出して以来、ばらばらだったこの国をひとつにするということだ。話す言葉は同じでも、生活様式も考え方も、すでにそれぞれに分離してしまっている三国を。
無理だな。
こいつと妹が一緒になるのも不可能だと思うが、列島を統一するのはその何千倍も現実味がない。
「さて、詳しく聞かせてもらおうか」
門番に軽く手を挙げて、街から出た。少し歩いて、最近とみに勢いを増し始め青々とした麦畑の間を歩きながら切り出した。
青年は、慎重に辺りを伺っている。この警戒心の強い姿を見ていると、少し同情心が誘われて、尖った苛立ちが少し薄れた。常に人の目を気にしなくてはならない身の上は大変だ。
「その前に、あいつはどうしたんだ?」
ここは大丈夫だと判断したのだろう、青年が尋ねてきた。
「あいつ?」
「あの、乞食のふりをして君を待っていたやつ」
「ああ」
にやりと、口の端が上がった。
「南に行かせている」
「南って……」
「陽国にな。今の政治の実態とか、権力関係とか、まあその辺を調べに」
「なんだ、似たようなことを考えてたんじゃないか」
青年は、安心したように笑った。が。
いやいや、一緒にしてくれるなよ。
「お前ほど大それたことを考えちゃいないさ。お前たちがどう出てくるか分からなかったが、いざとなったら二人で南に逃してやることができるかどうか、把握しとこうと思っただけだ」
「二人?」
青年は、顔から笑みを消して立ち止まった。こちらも立ち止まり、青々とした麦畑の真ん中で、彼と向き合った。
「お前とウィン」
「認めて……くれるのか?」
「俺もな、いろいろ考えたんだよ」
そう言って青空を仰ぐ。
そう、いろいろ考えた。この結論に達するまでに、ずいぶん悩んだ。苦しんだ。それは絶対に、こいつの前では口にするつもりはないが。
「ウィンが、俺が止めるのにお前を選んだことを受け入れられなかった。どう考えても不幸になるのに、理性で止められないほどお前のことが好きなのかと思うと、やりきれなかった。今まで、ずっとずっと大切に守ってきた俺の可愛い妹だから」
「ああ」
青年の視線を頬に感じながら、俺は空に向けて語る。
「ましてや、相手は俺が憎み続けてきたお前だ」
「うん」
「でもさ、結局俺は、自分を選んでもらえなくて拗ねてお前らを見捨てたみたいだなって。ウィンの選択を応援してやれない兄貴って、格好悪いなと思ってさ」
そう言って、彼に笑いかけた。
「……笑えるんだな、あんた」
「失礼だな」
「すまない」
ははっ、と青年が笑った。
「セディア」
青年に呼びかけると、彼の目が驚いたように見開かれた。
「ウィンを、よろしく頼む」
青年は、今度は今日の風のように柔らかく笑った。
「ありがとう、ロディ」
澄み切った空の、美しい春の日だった。




