第二部 第一章「のちに彼はかく語りぬ」②
「で?」
「え?」
「話があってきたんだろ」
米と麦と雑穀が混ざった飯と味噌汁を八割方腹に収めたところで、俺は話を切り出した。
「ああ、でも……」
彼は周囲を窺う素振りを見せる。
「言える範囲でいいからさ」
そう言って、残りの飯を頬張る。
食べながら話すのは、彼にとっては不躾な振る舞いに見えるかもしれない。だが、変に上品に食べない方が、素性が割れにくくていい。青年もここまでこちらに倣っていたが、ここにきて俺の問いに姿勢を正した。
「まず、君に戻ってきてほしい」
「戻る?どこへ?」
飯を咀嚼しながら尋ねる。そして、お前も食えと、目で示す。青年は、意図を察して一口もぐもぐと飲み下してから、
「ウィンの元へ。俺たちの仲間に」
と答えた。予想通りの答えだ。だが、その頼みにすぐに応える気はなかった。
「ウィンとは、うまくやってるのか」
何と言ってもこいつは、大切な妹を奪った憎き男なのだから。
「ああ」
こちらの気持ちを察する気がないのかわざとなのか、はたまた抑えようがないのか、肯定する青年の顔には照れたような笑みが浮かぶ。
「なんかいちいち腹立つな」
「なんでだよ。喧嘩してる方がいいのか?」
「そういうことじゃないけどさ」
そういうことではない。ないが、妹と結ばれて心底嬉しいという雰囲気を振り撒く様には腹が立つ。
まあでも、仕方ないか。
こいつは一度は振られたのだ。去った彼女を追いかけ全てを投げうって愛を乞うて、ぼろぼろになった末にやっと結ばれたのだから。ようやく手に入れた幸せに、若気る気持ちは分かる。しかし、彼らの前途は多難だ。
「俺が戻ってどうするんだ?」
「協力してほしいんだ。君がいないと、始まらない」
青年は、うってかわって引き締まった顔つきになる。
「だから、その『君』ってのをやめろって」
以前にも同じような会話をしたなと思いながら、
「何を始める気だ?」
「森でも行ったが、俺はウィンと一緒に生きていきたい。彼女もそれを望んでくれた。だが、現実的には問題が山積みだ。どんな立場で生きるのか。どうやって生きるのか」
「俺は、答えはないと思ったから反対した」
「ああ。分かってる。俺たちは一冬、みんなで考えたんだよ。どうしたら、この難題を乗り越えられるのか」
「方法があるとでも?」
青年は頷いた。深緑の目が光を宿す。しばらく影を潜めていたその鋭さを、俺は久しぶりに目にした。
「まず、彼女を元の位置に戻す。生まれた立場に」
「それは……」
予想外の発言に、言葉に詰まる。ウィンを元の立場に戻す?
「そうだ。女として」
青年は力強く頷く。俺は、しばらく黙って考えを整理した。出自通りの位に収まっている妹の姿を想像してみたが、うまくいかなかった。
「とりあえず、続きを聞こう」
「まず、南へ行く。何らかの交換条件を提示して、彼女を元の立場へ戻すんだ。もちろん、あんたも」
「俺も?」
「そして、彼女があちらで十分に認知されてから、俺は、そちらの勢力を後見に得たうえで、彼女を連れて故郷に戻る」
周囲を憚って、青年は漠然とした表現をしているが、それはつまり、
「皇帝として、皇后を隣国から娶る形にすると?」
声を低めてそう囁くと、彼はにやりと笑った。
「さすが、理解が早い」
「無理だな」
俺はため息と共に言う。無理だ。
「なんでだよ」
「どこをどう取っても無理だろ。まず、あっちはウィンを受け入れない。俺のことも、お前のことも、受け入れない。仮に受け入れたとして、お前の後見をするなんてあり得ない。ましてや、そのあとにウィンを連れてこっちに帰る?そんなことができると、本気で思うのか?」
「決めたんだ」
「諦めろ」
「諦めない」
青年は一歩も退く気はないとばかりに、声に力を込めた。そして、輝きを増した瞳で、続けた。
「俺は、正々堂々と彼女と一緒になりたい」
こっちが恥ずかしくなるからやめろ。
そう茶化そうかと思ったが、それすら無粋に思えるくらい、真っ直ぐな言い分だった。
「それに」
青年はさらに続ける。
「それに?」
「これは、俺たちだけのための話じゃない。この国の将来のためだ」
「国の将来?」
「ああ。俺は将来、ヒヅル列島を統一する」