074 レーベルク防衛戦(17)
「ふぅ……。やっと帰ったよ。本当ならコーヒーでも煎れて、ゆっくりしたかったのに……」
お嬢様が引きずられて帰って行く姿をを見送った恭兵は、パリノックスの椅子に腰掛け、ため息混じりの愚痴をこぼしていた。
「大体、なんでこっちに来るんだ? 普通、渋顔の方に行くべきだろ……」
恭兵は、渋顔の方が強そうに見えるだろうし、年齢的に考えてもリーダーは、渋顔なのだから、『取り入るなら、渋顔が最善』と、誰もが考えるだろうと思っていた。
「……まぁ、面倒臭そうな事を除けば、美人だし、棘のある感じもないから、嫌ではないけども……いや、やっぱり、面倒臭そうだからなぁ……でも――」
恭兵が無条件に女性から、好意を寄せられる事は無い。そう考えてしまう程に恭兵の人生は、女性とは無縁の人生だった。いや、正しくは、縁はあるが、実ることは無いだろうか。
これまでの人生経験から、自身に好意を寄せてくる女性は、恋心からではなく、打算がある人だけだと理解している。そんな女性に対して、好意を持っても、ロクな事にはならないと分かってはいるのだ。
それでも恭兵は男性である。打算があり、後で面倒事に巻き込まれると分かっていても『今度こそは、真実の愛かも知れない』と、一縷の望みに賭けてしまうのは仕方が無いだろう。
そんな欲望と厄介事を天秤に掛けていると、活動拠点から通信が入る。
『……ラーベ1、こちらアルバトロ。配置は完了したか?』
『ラーベ1、全員、配置についた』
『……よし、定刻通りだな。有効射程圏内まで180秒。久しぶりの大規模作戦だ。健闘を祈る』
『了解だ。上手くやるさ』
通信からでも伝わる作戦に対する絶対的な自信。失敗することなどあり得ないと言わんばかりの活動拠点と渋顔のやりとりを聞いた恭兵は、少し離れた所にある、もう一つの物見やぐらにいる渋顔に目を向けた。
南大門には、【東やぐら】、【西やぐら】と呼ばれる二つの物見やぐらがある。今回の作戦では、東やぐらは渋顔、西やぐらは恭兵の持ち場となっていた。
(渋顔にとっては、普通の事なんだろうけど……)
防衛上、重要な拠点となりそうな二つ物見やぐらを独占していることから、現地工作員は何処まで上層部に食い込んでいるのか気になる所ではあった。しかし、その思いは封印するように、顔を振り『今は作戦に集中しよう』と改めて、城壁の外へと目を向ける。
視線を向けた先には、徐々に赤みを帯び始めた南の大地を埋め尽くすような大きな黒い塊が見えていた。
物見やぐらにいる恭兵たちや城壁上に展開している風の団二番隊のような遠距離攻撃部隊の面々は、城壁内に展開している歩兵や騎馬より、早くに黒い塊を捉えることになる。
いつも同じ大規模侵攻だろう。そんな認識があった遠距離攻撃部隊の面々にとっては、異様な光景にみえていた。その内の誰かが恐る恐る呟く。
「……な、なんか、お、多くないか?」
その呟きがきっかけとなったかのように、ある者はその規模を目の当たりにし、驚きの声を上げ、ある者は埋め尽くす黒い塊に対し、不安を口にする。
状況が分からない城壁内の歩兵や騎兵には、頭上から聞こえてくる断片的な声が、なにか言い知れぬ恐怖となって、伝播していく。
――ザワ、ザワ、ザワ
眼下の部隊の不安が拡大していく中、少し高い位置から俯瞰して部隊を見渡せる恭兵は、緊張はしていたが、恐怖は感じていなかった。活動拠点や現地工作員からの情報の有無が大きな差となっているのは間違いない。
「……まぁ、城塞都市までの道中に、鍛えられたお蔭もあるかなぁ。それにコレも使えるしなぁ」
たった八時間の訓練だったが、盾術と恐怖耐性がEに上がっていた。非常に濃い内容の訓練だったと言えるだろう。
恭兵が、道中の鬼軍曹の顔を思い出し、苦笑いを浮かべながら、コレと呼んだ物見やぐらに設置された物に手を伸ばそうとした時、渋顔から通信が入った。
『恭兵、敵は視認出来たか?』
『……は、はい、螳螂みたいな虫の大群が見えます』
まだ距離があるため、肉眼では黒い塊としか分からないが、スカウターの望遠機能を使うことで、しっかりと敵を視認することが出来た。ピーターの情報通り、螳螂をずんぐりと太らせたような虫型禍獣の大群が南大門に向かってきていた。
『よし、作戦を確認するぞ。拠点防衛戦は初めてだったな? 我々の役目は、南大門の死守だ。標的を南大門に近づけさせるな』
『イ、イエッサー!』
『今回の作戦では、特殊兵装の使用許可が出ている。害虫どもを殺処分してやれ!』
『イ、イエッサー!』
今回の作戦で、使用許可が出た特殊兵装は2種類。先程、恭兵がコレと呼んだ兵器だ。そのどちらも、GGF内では、かなり強力な拠点防衛専用の兵器だった。
一つ目は、CMGーN2。拠点防衛に優れた設置型の重機関銃で、装填数110発だが、予備弾倉、最大所持弾数に制限はなく、110発撃ち切ると、リロードが自動で行われるため、弾切れを気にすることなく、撃つことが可能。その上、現実とは違い、GGFでは、銃身が焼ける設定もない為、何発でも連射が可能な頼れる兵器だ。
CMGーN2の横には、予備弾薬が入っていると思われる箱が置いてあったが、飾りなのか蓋を開けることは出来なかった。
二つ目は、CGMー25。対空防衛に優れた設置型の多段誘導ミサイル兵器で、ミサイル弾頭内に多数の自動誘導子弾を内蔵しており、ファイヤ・アンド・フォーゲット機能で、ロックオンした多数の標的を自動追尾し、これを撃破することが出来る。装填数は1発と少ないのだが、一発で10の標的をロックオンし、攻撃することが可能で、CMGーN2と同様に、予備弾倉、最大所持弾数に制限はなく、自動リロードされる。横には予備弾薬の箱が置いあるが、こちらも開けることは出来なかった。
どちらもGGF内では、拠点防衛戦でのみ、使用できる強力な兵器で、持ち運ぶことは出来ない。設置場所を変えたい場合は、『ワープコア』を使い、活動拠点に回収して、再度、ACCに輸送してもらう必要がある。異世界なら、持ち運べるかもと、動かそうしてみたが、ビクともしなかった。
動かせない事は残念ではあったが、今回は南大門上部の東西の物見やぐらに設置されているため、南大門の死守を目的としている以上、動かす機会は無いだろうから問題はなかった。
(今回の装備品は、特殊兵装で遠距離攻撃できるから、これでいいはずだけど……)
恭兵は、今回の作戦のためにメインウェポンは、QBXー95B、バックウェポンは、防弾盾を選択していた。PSH1ーNLと言う選択肢もあったのだが、遠距離攻撃の手段は豊富にあるため、今回は防弾盾を選択していた。
派手な白銀の鎧と見慣れない武器を担いでいる恭兵は、物見やぐらを占有していることと相まって、どこかの大貴族なのだろうと周りの人が考える程度に目立っていた。そして、それを誰よりも気にしていたのは、恭兵だった。
(この作戦が終わったら、もう少し地味な防具を探そう……)
喜んでいたブロルの顔を思い出し、どうやって切り出そうかと悩む恭兵のことなどは分からない渋顔は、納得したのだろうと先生に対する指示を進めていく。
『シュティルは、敵指揮官相当の標的撃破を優先。所在が特定でき次第、座標データを転送する。急行してくれ』
『準備完了、即時可能』
今回の作戦には、先導者がいると活動拠点は結論づけている。高い確率で、異界生物が出てくる可能性もあるだろうとの予測だった。その為、隠密性、機動性、共に最も高い先生が、先導者の撃破を優先するために、別行動をとることになっていた。
『よし、この作戦で、我々の有用性を都市上層部に刻み込むぞ』
『イ、イエッサー!』
『有効射程圏内まで、残り10秒。準備はいいか?』
『イ、イエッサー!!』
CMGーN2を握るとスカウターに照準が現れる。照準の先に見える黒い塊は、目視でも確認できる距離まで迫ってきていた。
『各人、奮戦を期待する! ……3、2、1、殲滅開始!』
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