072 レーベルク防衛戦(15)
城塞都市レーベルクには、中央広場を中心とした四つの環状大通りがある。それぞれの大通りには、沿うように隔壁が設置されており、壁の内側から、第一区と呼ばれ、現在は第四区まである。
第一区は、城塞都市の重要施設や高級店などが軒を連ねる商業地区で、居住区としては、第二区が最上位となっている。第二区の建物の大きさや工法は統一されているようで、三階建ての木骨造りの建物がズラリと並んでいる。その中の二棟が【風の団】のクランホームとなっていた。
ギルドを後にした恭兵達は、リリーの案内で、クランホームの二階に来ていた。この建物の二階は、リリーが隊長を務める二番隊の専用フロアで、目の前には二番隊のメンバー全員が集められていた。
「はいッ! 注目! こちらが、今回の防衛戦に特別ゲストとして参加するキョウヘイさん、ハイラントさん、シュティルさんです。ハイッ! 拍手」
――パチ、パチ、パチ……
テンションの高いリリーとは裏腹に、目の前の二番隊メンバーからは、まばらな拍手が恭兵達に向けられる。当然といえば、当然だ。二番隊メンバーからすれば、都市全体が緊急事態の中、隊長が唐突に紹介してきた特別ゲストだ。困惑するのは当たり前だった。
「きょ、恭兵です。今日こちらに来たばかりで、勝手が分からないことが多いですが、よろしくお願いします。こちらがハイラントで、こちらがシュティルです。二人とも、人見知りで、感じが悪いですが、決して悪気はありません」
空気を読むのが苦手な恭兵でも、感じ取れる歓迎されていない空気感の中で、オドオドと三人分の自己紹介をしていた。渋顔の殺気対策のためだ。
何人かの隊員は、恭兵の言葉に怪訝な表情を浮かべていたが、渋顔の特殊能力について知らなければ、仕方ないことだった。そんな隊員たちの心の中を察したのか、リリーが補足を入れてきた。
「そうっす! ものすごく人見知りなだけなんで! 特に目とか合わせたら、絶対、ダメっよ! ……冗談抜きで、死にかけるっすよ……。これ、マジっす……。この三人は、ギルマスからお願いされた大事なお客様っす。失礼なことは許さないっすよ」
――ザワ、ザワ、ザワ
実際に死にかけたリリーからは、妙な説得力を感じたらしく、二番隊の面々がざわついていた。特に『死にかける』という言葉に真剣味があり、渋顔に好奇な視線が集まっていた。
「……ちゃんと聞いてたっすか? 『目を合わせるな』と言ったはずっすよ」
リリーの一声で、渋顔に向けられた興味本位の視線は無くなった。一見、軽い感じのリリーだが、しっかりと統制が取れるリーダーのようだ。
「じゃ、今回の作戦を発表するっすよ。風の団は、南大門の守備がお仕事っす。一番隊が下で、ウチらが上、三番隊は、後詰めっす。北大門は、警備隊が担当っす。まぁ、いつも通りって事っすね。なので、指揮は【ヴィート】に、お任せっす」
「ハッ! お任せ下さい」
(あれ? リリーが指揮をとらないんだ……。なんで? 指揮に向いてないのかなぁ?)
恭兵が不思議そうな表情を浮かべていると、困り顔になったリリーが、二番隊について、話し始めた。
「疑問っすか? 別に指揮が苦手って訳ではないんっすよ? ホントっすよ?! ……その目は、なんすか! 完全に疑ってますよね?!」
必死に言い訳をしているリリーを余計に怪しく感じてしまい、原因ではないなしろ、一つの要因ではありそうだと、胡散臭いものを見る目になっている恭兵。そんな状況を打破しようと、リリーの必死さは増していく。
「この二番隊は、遠距離特化の部隊なんすよ! でも、自分は近距離特化なんすよ! ……疑ってますよね?! ホントっすよ! なので、一番隊と一緒に下で戦うんっすよ。だから【ヴィート】が、上の指揮を執るっす。……正直、【ヴィート】が隊長をやればいいんすけど、頑なに断るんっすよ――」
「――当たり前です。私は、隊長に惚れ込んで、風の団に所属しているんです。これでも妥協しているのですよ。本当なら、私が援護として、隊長に同行したいところです」
必死の言い訳が、途中から愚痴に変わったリリーの発言を遮るように話し始めたのは、二番隊の副隊長【ヴィート・ルナルク】。深緑髪のどこか安心感を抱かせる知的さをもった三十代の男性で、スカウターに表示された能力は、『弓術:D+』。今の短い会話からでも、リリーを尊敬していることは、充分に伝わる。
「不本意ですが、仕方ないので、この四人を付けます。前回のように、撒かないでくださいね」
「…………」
口笛でも吹きそうな表情で、副隊長から目線を逸らすリリー。前回の作戦で、お付きの隊員を撒いて、好き勝手に暴れたようだ。
「……ふぅ。私が同行しましょうか?」
「なっ!? ちゃんとするっす! それは、勘弁してほしいっす!!」
リリーは、どうやら、副隊長には、頭が上がらないようだ。迷惑をかけてそうな雰囲気なので、仕方がないのだろう。
「ヴィートが付いてくると、獲物を横取りされるっすからね! それなら、その四人を連れた方がマシっす!」
(大分、戦闘狂な発言だなぁ。……よし、リリーには、付いていかない方向性で行こう!)
「当然です。隊長を危険から遠ざけるために、事前に排除するのが、私の役目です。……やっぱり、本当に付いておこうかな……」
胸を張って、自慢げに声を上げる副隊長にも、問題があるようだ。過保護すぎて、遠ざけられるとは、何とも可哀想な性格だ。
「――と、とにかく、二番隊はいつも通りの作戦っす!」
これ以上は、マズいと強引に会話を打ち切るリリーをどこか楽しげな表情で見ていた副隊長。きっと、企みが上手くいったのだろう。
「で、キョウヘイさん達なんすけど……。いきなり、連携を取るのは難しいっすから、三人には、遊撃として、独自判断で動いてもらうっす。皆は、三人から要請があれば、出来るだけ協力するんすよ!」
――ザワ、ザワ、ザワ
てっきり、副隊長の指揮下に入るものだと考えていた二番隊の面々からは、更なる困惑が溢れ出していた。それは、恭兵にしても同じだった。
(勝手に動いていいんだ……。それは、それで、渋顔が無茶な要求をしてきそうで、嫌だなぁ……)
防衛戦で、無茶な指示を飛ばす渋顔を想像して、身震いした恭兵は、渋顔をチラリと見てみたが、先ほどと同様に、二番隊の面々から送られる好奇な視線に対して、殺気を押さえるのに必死なのか、目が合うことはなかった。
「はい、はい、静かに! 自分からは、以上っす! あとは、それぞれの組で、ミーティングっすよ! はいっ、解散!」
結局、恭兵達には、大した指示も無く、作戦会議は終わるのだった。




