007 裏世界っぽい?(7)
恭兵は、ゴブリンを倒してから事は、あまり覚えていない。渋顔が話し掛けても、反応は無く、『やれ、やれ』と諦めて、辺りの探索に出てしまった。
(私は、なにをやっているんだ……? 早く帰らなくては……)
“見慣れたドア”を思い浮かべると、目の前に出現する。ドアノブを回すと、デジタル表示は『00:00:00』になっている。
「……ちゃんと帰れるよね? 別の森とか、勘弁ですよ……」
そもそも、ドアを開けても大丈夫という保障は無い。開けた途端に大爆発なんてことも、絶対にないとは言い切れない。しかし、このままでは、埒が明かないのも確かだ。
***
なかなか決心がつかず、どれ位の時間が経っただろう?
「よし、……開けよう」
恭兵は、ようやく覚悟をきめ、ドアノブを握る。
ドアノブはヒンヤリしているのに、握る手は、汗ばむ。
普段は、なんとも感じなかったドアノブが、やけに重たく感じる。その重さが『開けるな!』と警告しているようで、心臓の鼓動が跳ね上がっていく……。
心臓の鼓動を打ち消すように、繰り返し『大丈夫、大丈夫なはず……』と、念じながら、ゆっくりとドアノブを回す。
恭兵は、少しだけドアを開け、隠れるように隙間からそっと、ドアの向こうをのぞき見た……。
ドアの隙間から覗いた先には、いつもと変わりない見慣れた廊下が存在していた。
「……ハハハ、なんだ、大丈夫じゃないか」
廊下が見えた瞬間、緊張から解放された反動か、思わず笑っていた。
「いやー、たった六時間だったけど、どっと疲れたなぁ」
そう愚痴りながらも、表情には明るさが感じられる。『現実世界に戻れる』という安心感のためだろう。
ふと、渋顔と先生のことを思い出す。
(考えてみたら、彼らがいたおかげで、落ち着いていられたのかもしれないなぁ)
恭兵は、心の中で感謝しつつ、ドアから現実世界に戻っていった。
***
戻ってきた現実世界は、既に暗くなっていた。
「……変だな? 朝九時頃に出発したはずだから、まだ十五時くらいのはずなんだけど」
腕時計で時間を確認すると、『15:09:08』と表示されている。
(ひょっとしたら、現実世界の方が時間経過が早いのかもしれないな)
そんな事を考えていると、急に空腹感が襲ってきた。今まで混乱と緊張で感じなかったが、最後に食べたのは、夕食のバラエティ特盛り弁当だ。まさか、GGF内に行くなんて思ってなかったため、朝食はキャンプ場に行く道中で食べる予定だった。
「とりあえず、カップ麺でも食べますか」
玄関に荷物をおくと、お湯沸かすため、足早にキッチンに向かった。
そこで、ある違和を覚えた。
「あれ? 弁当のゴミ、捨ててなかったのか?」
キッチンには、昨日の食べたはずのバラエティ特盛り弁当が置いてあった。
「いや、絶対、捨てたはずだけど……」
持ってみると、中身が入ったまま、少し温かい。まるで、ついさっき作られたばかりのようだった。
「……いやいや、……まさか?!」
慌てて、部屋の壁に掛けてある、デジタル時計を見に行くと……。
「…………これ、時間戻ってる?」
表示されている日付は、昨日だった。『いやいや、冗談だろ?』という思いと、今日の起こった出来事を考えると、『あり得なくはない』という思いが、せめぎ合っている。
冷蔵庫を開けてみると、夕食時に飲んだペットボトルが未開封になっている。
冷凍庫を開けてみると、寝る前に食べたはずのアイスがあった。
どうやら、時間経過が早いのではなく、時間が戻っているようだ。
「……ちょっと、おじさん、ついて行けない?! これは、死に戻り系じゃないよね? なに戻り系になるの? キャンプ戻り系? キャンプいったら、時間が戻るの?!」
今日一番の混乱状態かもしれない。無理もない。ようやく異常事態から解放されたと思った矢先だ。
「そもそも、これゲーム世界に転移系でしょ? 違うの? まさか明日の朝また、あの森に転移して、同じこと繰り返すの? あー! なるほど、条件満たさないと戻り続ける系ね、あるあるだわ、それとも――」
恭兵は、色々と考えを巡らし考察したが、途中で、意味は無いと悟り、ほんのり温かい、大好物の弁当をヤケ食いし始めた。
食べ終わる頃には、落ち着けているだろうか……。
***
恭兵は、空腹を満たした事で、心にある程度の平穏が訪れたので、今の状況の利点を考えるようにした。まずは、大好物の弁当が、毎回食べられそうだと思った。
「……食事は大事だよ。転移した主人公は、フライドポテトとか唐揚げを作るし、マヨネーズや醤油、味噌なんかの調味料系も作ろうとするのは、きっと、それだけ食事が大事ってことだよねぇ。海外旅行に行くと、和食が食べたくなるみたいな感じなのかね」
不幸中の幸いと言うべきか、キャンプ予定のおかげで、調味料、お米、缶詰のストックは結構ある。ガスや灯油、ホワイトガソリンなどの燃料もある。補給の当てがあるのは、心強い。
「あれ? 時間が戻っているなら、玄関に置いたキャンプギアはどうなっているんだ?」
こんな状況でも、キャンプギアの事を考えられるのは、キャンプ沼に、どっぷりと浸かっているからだろう。
「とりあえず、持って帰ってきた背負い袋の中身はそのままだな」
一応、確認したが、遠目から見ても、背負い袋はパンパンだったので、当たり前だ。この背負い袋をパッキングしたのは昨晩で、隣の部屋に置いていた。そこで、背負い袋を置いていた部屋を確認すると……。
「おー! ちゃんとあるじゃないか!」
玄関にある背負い袋と同じものがあった。どうやら、無限増幅が可能かもしれない。
「……やばい! とんでもない錬金術じゃないか!!」
(今や、空前のキャンプブーム! 某フリマアプリで売れば、ボロ儲けだ!! まさに棚から牡丹餅じゃないか! ……苦労は多少したが……。いや、結構かな? きっとその苦労に対する報酬に違いない。ありがたや、ありがたや……)
「よし! 早速、出品して、成金の一歩を踏み出そう!!」
恭兵は、溢れ出す欲望を押さえながら、カメラを起動、バーコードを読み込んで出品を試みるが……。
「あれ? 出品できない? …………まさか」
恭兵は、『つい最近も同じような感じの事あったな』と考えていた。これがいわゆるデジャブだろうかと。
試しに親友に電話してみる。……繋がらない。
試しに親友にメールしてみる。……送信できない。
恭兵にとっては、二度目の経験だからだろうか。それとも、空腹が満たされているからなのか。
妙に、落ち着いている。
そんな中、虫の知らせというか、なんと表現すればいいのか。
恭兵は、何かに促されるように、カーテンを開け、部屋の窓から外を見た……。
普段であれば、駅に近いため、夜ならば、ネオン街の煌びやかな灯りが見えるのだが……。ネオン街どころか、街灯の灯りすら見えない。
「……あぁ、夜だから暗いんじゃないのか……」
星も見えない闇夜の海に、ぽつんと浮かぶ船のように、恭兵の自宅は、暗闇の中に存在しているようだった。
(……もう、少々の異常事態では、動じなくなってきたな……)
外から見た訳ではないので確かな事は言えない。しかし、そう思えるくらいに、窓の外には暗闇しか存在していなかった。
「これ、外は、どうなってんのかね?」
玄関に置いてある背負い袋から、ヘッドライトを取り出し、外を照らしてみても、まるで先が見えない。しかし、なにかが蠢いてるような気がする。
さすがに窓をあける勇気ない。触らぬ神に祟り無し。ここが、あの世だと言われれば、信じてしまうだろう。
「――よし、一旦忘れよう!」
ここは、長年のサラリーマン生活で培ってきた恭兵のスルー技術を最大限に生かす場面だ。
考えたところで、答えは出ない。ならスルーだ。
「このまま、何もしない訳にはいかないよなぁ。……とりあえず、GGFでも、やりますか」
自宅のことは棚上げにするにしても、気になるのは、GGFだ。
(どういう扱いになっているのか。そもそも、プレイ出来るのか?)
恭兵は、好奇心と恐怖心が両立する中、ゲーム機を起動させることにした。