068 レーベルク防衛戦(11)
「改めまして、【リカルド・リナレス】っす。【風の団】ってクランに所属してます。“リリー”って呼んで欲しいっす。よろしくっす」
(リナレスって家名だったんだ……流石にリリーって呼ぶのは、失礼かなぁ?)
リナレスを名前だと思い込んでいた恭兵は、改めて、リリーを観察してみる。最初は、初対面の相手に対して、リリーと呼ぶのは馴れ馴れしすぎるかとも考えていたが、『どう見ても年下だろうし、本人も呼んで欲しいと言っているので、問題ないか』と考え、リリーと呼ぶことにした。
「「…………」」
先程と同様、予想外な沈黙が部屋に漂う。てっきり、続けて渋顔が、挨拶をするものだと考えていた恭兵は慌てた。
(いや、渋顔は、自己紹介しないの!?)
先生は、誰に対しても自己紹介などはしない。それもどうかとは思うが、渋顔しないのは、想定外だった。恭兵は、『あれ? デジャブ?』と思いながら、間を埋めるように、自己紹介を始めた。
「きょ、恭兵です。“迷い人”で、変な言動とかあるかも知れないですが、宜しくお願いします」
「「…………」」
恭兵の間を埋めるためだけの簡単な自己紹介が終わっても、渋顔は沈黙を守ったままだった。
(ギルドマスターとは、流暢に話せたのに、何故リリーさんとは、駄目なんだ?)
疑問を抱きながらも、放置することは出来ないため、仕方なく渋顔達を紹介していく。戸惑いながら紹介していく恭兵の表情が、引きつった笑顔になったのは、仕方がないだろう。
「こ、こちらは、ハイラントとシュティルです。ハイラントは、極度の人見知りで、緊張から殺気を放ちますが、決して害意はありません。シュティルは、無口なので、殆ど喋ることはないです」
人間関係など度外視の先生は、一瞬、リリーに対して目配せをするだけだったが、基本的に、常識人の渋顔は、紹介されたタイミングで、“リリーの目”をしっかりと見て、会釈をした。
「……そ、ん、なことあ、るん、っすか?」
渋顔と目が合ったリリーは、それまでの飄々とした雰囲気を一変させていく。発する言葉は辿々しくなり、顔が青ざめていった。どうやら、呼吸困難になっているようだった。
(これ、殺気にやられてるんじゃ……?!)
リリーの変化の原因に、気付いた恭兵は、渋顔に対して、声を張り上げる。
「ハ、ハイラントさん!! 目を逸らして下さい。殺気がダダ漏れみたいです!」
恭兵の声に、ハッとした渋顔は、慌てて目線を斜め下に降ろす。目線が切れたおかげで、リリーの顔色は、徐々に赤みを取り戻していった。
「す、す、すみません。大丈夫ですか?!」
謝罪をしたいとは思っているが、また呼吸困難を引き起こしかねないので、自重している渋顔に代わり、恭兵が謝罪を伝えた。
「ふ、ふぅ……。まさか、人見知りの殺気で、死にそうになるとは、人生分からないもんっすね!」
深呼吸を数回繰り返して、ようやく喋り出したリリーは、恭兵を気遣ってか、少し笑みを浮かべながら、謝罪を受け入れた。その姿に、ホッとしていた恭兵を尻目に、ロッテが渋顔に問いかける。
「笑い事じゃねえぞ……。こんなんで、防衛に参加できるのか?」
多少、険のある言い方だが、ロッテの言い分はもっともだった。防衛戦の最中に、周りの味方に殺気を放ってしまうと、大惨事になるだろう。
「……分かっている。大丈夫だ。シュティルも俺も、単独で動く。周りには、迷惑をかけない。俺達が味方だと、認識させてくれるだけでいい」
(確かに、それなら大丈夫かも……でも、そんなんで、周りは仲間だと思ってくれるのかなぁ?)
恭兵と同じ感想を抱いたのだろう。渋顔の回答に、難しい表情で考え込んでしまったロッテを見て、『確かに心配な面はあるが、ミッションを実行するには、それしかない』と考えた恭兵は、ロッテに対して、フォローを入れた。
「わ、私もサポートしますので、なんとかお願い出来ませんか?」
難しい表情のままのロッテは、恭兵の顔を凝視した後、一呼吸を置いて、同じく悩み顔のリリーに問いかけた。
「……だそうだが、大丈夫か?」
「……そっうすね。その方がいいかも。……了解っす! ドンとお任せ下さい」
恭兵の言葉が決め手になった訳ではないだろうが、納得出来たのか、二人とも表情が和らいでいく。
「す、すみません。ご迷惑をおかけしますが、宜しくお願いします」
元世界では、中間管理職として、他部署や業者との調整が、主な仕事になっている恭兵からは、どこか和やかな雰囲気になる空気が出ている。
決して、有効な手立てや解決策を持っている訳ではないが、不思議なことに、勝手に周りが納得して上手くいく。結果、調整役が多く回ってくるので、更に調整能力が高まっていくサイクルが生まれていた。
その調整能力は、異世界でも、有効のようだ。残念なのは、仕事では、効果を発揮するが、プライベートでは、女性には、効果が無いことだ。
仕事では、勝手に上手くいく代償のように、プライベートでは、必ず女性からマウントを取られる。仕事人間ではない、恭兵にとっては、つらい代償だ。それも、異世界では変わらなかった。
「頭を上げてください! 大丈夫っす! ギルマスからの特別手当狙いっすから! たんまり稼がせてもらうっす!」
何度も頭を下げて、お願いする恭兵を見て、いたずらっ子のような笑みを浮かべて、答えるリリーは、ロッテに対して、報酬の値上げを要求する。これだけ、面倒事を押し付けるのだから、当然と言えば、当然だ。
「それについては心配するな。今回の予算は豊潤だ」
どうやら、ロッテ自身にも自覚があるらしく、すんなりと報酬上乗せを了承した。
「マジっすか!? それなら、ギルマスの気が変わらないうちに、ウチの隊員に紹介するんで、ついてくるっす!」
まさか、報酬上乗せが成功するとは、考えていなかったようで、テンションが上がっているリリーは、恭兵達を急かして部屋を出て行った。




