064 レーベルク防衛戦(7)
空は曇り空。日は南から街を照らし出している。雲間から差し込む光と慌ただしい街の雰囲気が、不思議と美しさを感じさせる。
差し込む光が恭兵の新しい鎧を照らすたびに、ミスリル特有の淡い光彩が浮かび上がる。自己修復する鎧。傷が一つもないため、鏡のように輝いている。
「…………派手だな」
ギルドに向かう道中、渋顔が呟く。恭兵に向かって呟いた訳ではないのだが、渋顔の渋い声は、よく通る。恭兵は、うなだれながら、声をしぼりだす。
「そ、そ、そうですよね。コートを羽織ってくれば良かった……」
鎧自体は、細身の軽鎧のため、グラ爺からもらったコートでも、隠すことが出来る。恭兵自身も派手だと感じていたのに、思い付かなかったのは、新しい鎧を手に入れて、浮かれていたからだ。
「あっ! そ、そういえば、もう開扉インターバルを過ぎているんですよね。せっかくなんで、この場で試しますか?」
自身の失敗を隠すためか、恭兵の特殊スキル【ヴェルトヴィラ】 の検証を思い出す。異世界の人間に見えるのか、街中で試す予定だった。
「……扉だけを出現させることは、可能か?」
「えっ? で、出来ますけど……。ついでに自宅に戻ろうかと考えていたんですが……」
開扉インターバルは、一時間以上も前に、ゼロになっている。潜ることで、レベルが上がっていく仕様だ。少しでも、早く潜りたいと考えるのは、自然なことだ。
「止めておけ。今から防衛戦だ。展開次第では、長期戦になる。いつでも逃げ込める場所は、貴重だ。確保しておいても、損はない」
恭兵にとっては、初めての防衛戦だ。なにが起こるか、分からない。疲れたら気兼ねなく、休める場所は有用だ。
「は、はい。では、扉だけ出してみます」
恭兵は、渋顔のアドバイスを素直に聞き、扉だけを出現させることにした。扉の出現場所は、恭兵の目の前だ。万が一、異世界の人に見えた場合を考慮すると、さり気なく出す必要がある。広場に隣接する店舗を横目で見ているふりをして、特殊スキルを発動させた。
「……見えていないみたいですね」
しはらく、扉を出現させてみたが、通りを歩く人々は、誰も気にしているそぶりはない。厳密には、鎧の輝きを見ている人はいるが、驚いている表情はしていない。
「ああ。これなら、防衛戦中でも使用できるな」
渋顔は、満足そうに、うなずきながら、ギルドに向けて、ふたたび歩き出した。その後を扉を消した恭兵が追いかけていく。
***
「や、やっぱり、ここも大きいですね」
レーベルクのギルド支部は、領主館を挟んだ、ヘドマン商会の向かいに位置していた。他の建物と同様に木骨造だ。しかし、他の建物に比べ、一階部分の造りが堅牢な印象をうける。
建物に入ると、街中の慌ただしさに、輪をかけた雰囲気で、誰もが忙しく走り回っていた。どうやら、小説でよくある、初ギルドで絡まれるイベントは、期待できないようだ。
「と、とりあえず、受付に行ってみますか?」
恭兵は、誰に話しかけるべきかなのか、迷っていた。ギルドに登録しているわけではない。あくまで、活動拠点からの指示でギルドに来ただけの部外者だ。
(突然来た、見慣れない人間の言葉を信用してもらえるかな?)
受付にいって事情を説明してみるしかないのだが、活動拠点やピーターの名を出せば、通じるとは思えない。
(こういう時は、渋顔や先生は、期待できないからなぁ)
実際、『受付に行くか?』という問いに、返事は無い。殺気を抑える事に全力を注いでいる渋顔に、そもそも喋る気が無い先生。このまま、待っていても、返事は望めないだろう。
(……よし、当たって砕けろだな。話が通じなくても、変な人間と思われるだけだしな)
意を決して、受付に歩き出そうとしたとき、行き交う人々の流れから、ギルドの制服を着用した人物が、こちらに近づいてくる。メガネを掛けた翠髪の女性で、若いながらも、キリッとした切れ者感のある雰囲気をまとっている人物だ。
「ハイラント様でございますか?」
柔らかな声質で、話しかけてくる様は、ひと言で、どこか安心感を抱かせる。
「……ああ」
不愛想な態度で返答した渋顔。人見知りの渋顔にしては、上出来な返答なのだが、ギルド内に、反感を覚える者が少なからず、いたようだ。一瞬で、場の空気が殺気立つ。そんな、状況にも関わらず、恭兵は、翠髪の女性を舐めるような目で下から上へと、視線を移す。
(……知的な美人だなぁ。小柄ながらも、出るところは出ている。この人になら、叱責されても……いかん、いかん。安心して下さい! 私は、生涯先生推しです!)
相変わらず、場の空気を読めない恭兵は、呑気な考えを浮かべ、先生に向けて、笑顔を振り撒いている。そして、先生は、恭兵に見向きもせず、完全に無視している。平常運転だ。
渋顔に向けられる複数の怒気を帯びた視線。それらを一身に受ける、極度の人見知りである渋顔。結果は明白だ。抑えていた凶悪な殺気が、全方位に向けて解放された。
それまで、慌ただしいかったギルド内を冷たい静寂が支配する。中には、気絶して椅子から転げ落ちた冒険者もいた。誰もが身動き一つ出来ずにいる中、静寂を破ったのは意外な人物。
「今回、担当させて頂きます。ノエル・リットンです。宜しくお願いします」
柔らかな笑顔で渋顔に自己紹介し、握手を求めて、近づいていく。渋顔から発せられる凶悪な殺気など感じていないようだ。
――私は“ピーター”の友人です――
渋顔と握手が出来る距離まで近づくと、周りに聞こえないように小声で、ピーターの名前を出す。こちらの味方であることを示しているのだろう。
「……ハイラントだ。宜しく頼む」
二人は握手を交わし後、先生の方に視線を移す。どうやら、先生は、自己紹介する気はないようで、ノエルを見据えたまま、動く気配はない。
その光景をみた渋顔は、ヤレヤレといった感じで、代わりに喋り出す。
「……こっちは、シュティルだ。無口なヤツだが、よろしく頼む」
「ええ、宜しくお願いします。シュティル様」
――コクッ
ノエルは、先生相手には、握手を求めなかった。きっと応じないと予測したのだろう。実際、握手を求めても先生は応じない。対人関係などお構いなしだ。
先生との挨拶を終えると、恭兵の方へと視線を移す。待ってましたと言わんばかりに、恭兵の鼻の穴は広がり始めていた。
「お前醜穢、即死希望」
「……恭兵。自重しろ」
二人からの指摘で、慌てて鼻を隠す恭兵。ギルド内に入るため。兜を外していたのことが、悔やまれる。
「な、な、なっ! また、広がってましたか!?」
ノエルと先生から、冷めた目の返答を受ける。『それは、それで……』と、また鼻の穴が広がっていく。
「……宜しくお願いします。キョウヘイ様」
ノエルは、恭兵に対しても、握手を求めなかった。恭兵の性格を考慮した訳ではない。ただ、不快だっただけだろう。
「こ、こちらこそ、よ――」
「――こちらへどうぞ。ギルドマスターがお待ちです」
未だ緊張状態の冒険者達。その冒険者達からすら、哀れみの目で見られる恭兵。差し出した手は、宙に浮いたまま、固まっている。心の中では血の涙を流しているだろう。
そんな恭兵を気にする事も無く、渋顔たちは、ギルドの奥に消えていった。




