063 レーベルク防衛戦(6)
「しかし、驚きましたね! まさか、こんな機能があったなんて!」
ブロルは、三世代ぶりに装着者が現れたことだけでも、興奮を隠せずにいたのに、装着者に合わせて変化することが判明したことで、とても嬉しそうにしていた。
「よ、良かったですね……これ、“魔導具”じゃ無いんですか?」
恭兵は、この鎧が現実世界由来なのではないかと考えていた。それならば、ブロルの特殊スキル【射抜く偏執狂の目】には、魔導具と認識されている可能性は高い。
「いえ、これは違いますね。古代技術の結晶なのでしょう。精霊協会の技術は比較的、新しいので、この鎧の時代には存在していません」
「ひ、比較的、新しい?」
「ええ、精霊協会が出現したのは、千年前の第二次大変革期です。この鎧は、第一次大変革期の頃ですから、二千年前ですね」
(……千年単位で、変革が起きている?)
恭兵が二千年目に転移してきたのは、偶然なのか。それとも、過去の大変革期は、恭兵と同じような転移者の影響なのか。どうしても、愉快犯が、頭をよぎってしまう。
「そ、そんな昔の事、正確に分かるんですか?」
「ええ、精霊が記録していますから、間違いないです」
ブロルは、不思議なくらいに確信している。いくら、完全中立で、政治に左右されないと言っても、多少は疑いを持ちそうなものだが……。
恭兵は、特に精霊協会が登場する前の歴史は、怪しいと考えていた。変革期には、歴史は都合の良いように、修正されるものだ。
「で、でも、精霊協会が出来たのは、千年前ですよね? その前の歴史には、間違いもあるのでは?」
「ああ、成る程。精霊協会が出来たのは千年前ですが、大精霊は、二千年前に誕生したので、間違いないですよ」
異世界では、大精霊が誕生した年を元年した“アルタート暦”を使用していて、今年は、二千年になるそうだ。
大精霊の誕生以前の歴史は、神話としてしか、残っていないらしい。そうなると、別の疑問が湧いてくる。
「じ、じゃ、なんで、古代技術が失われているんですか? 大精霊は、記録していないのですか?」
ブロルは、ミスリルの高純度精製技術は、失われていると言っていた。他にも、きっと失われた技術があるのだろう。では、歴史を正確に記録している大精霊は、なぜ技術を記録していないのか。
「それは、禁忌とされているからですよ。技術の記録はあるようですが、閲覧できるのは、大精霊のみだそうです」
「き、禁忌?」
「ええ、行き過ぎた技術力で、文明が滅んだとか。それで、大精霊は、禁忌としたようです。何事も程よくが大事ですね」
現実世界のフィクションでは、よくある話だ。行き過ぎた科学が文明を滅ぼす。異世界では、実際に滅んだらしい。
「……それなら、この鎧、使っても大丈夫なんですか?」
文明が滅んだ元凶の技術が使われている。『そんな物騒な鎧を使っていいのか?』と疑問に思うのは、当然だ。
「ええ、大丈夫ですよ。禁忌に抵触するのであれば、精霊が接収していきますから」
精霊は、禁忌に繋がりかねない古代技術の回収を実施しているため、この鎧が今まで回収されていないのなら、問題ないらしい。
「そ、そうなんですね。それなら安心です」
(精霊はどうやって回収しているんだ? まさか、発信器みたいな機能もあるのかなぁ……)
この鎧を着用すると、監視されているようで嫌な気持ちになったが、『スマホのGPSみたいなものだ』と思い直し、ありがたく、頂くことにした。
(しかし、主人公感が大分ある鎧だなぁ。顔が隠せるからまだマシだけど……)
恭兵の厨二病を満足させてくれるデザインなので、内心は嬉しい。しかし、あまりにも目立つのは避けたいと現実的な考えもあった。
実際は、ミスリル製の鎧は珍しいが、見かけない訳ではない。軽量で強度が高いので、上級者には、愛用者が多い。デザインも、異世界基準ならば、そこまで派手ではないので、気にするレベルではないのだが、異世界の基準が分からない恭兵が気付くことは出来ない。
***
『……ラーベ1、こちらアルバトロ。エンテ1から、都市上層部との交渉が完了したと連絡があった。ギルドに集合し、作戦詳細を確認してくれ』
籠手を着け終わり、残すは、兜のみとなったところで、活動拠点から、連絡が入る。
『ラーベ1、了解した』
――コン、コン
渋顔の返信と同時に、試着室のドアがノックされる。
「恭兵、準備はどうだ?」
「ちょ、あ、あとは、兜だけです。すぐ出れます」
急いで兜を着け、試着室を出ると、渋顔が、恭兵を品定めするように、下から上へと視線を動かす。
「ほう、様になってるじゃないか」
「あ、ありがとうございます。これ、金属なのに、軽いんですよ。体力のない私には、ピッタリです」
ミスリルというファンタジー金属は、軽量で硬く、且つ粘り強い上、耐熱性も高いという特性を持った理想的な金属だ。その分、加工が難しい。
「キョウヘイさん。軽いだけじゃないんですよ。純度が高いので、小さな傷なら、自動修復します」
(自己修復!? ペグ作ったら一生使える?!
いや、テントフレームが最適解か?!)
真っ先に出てくるものが、キャンプギアなのは、恭兵らしい。転用できれば、かなり有用だ。調理器具や焚き火台なんかにもいいだろう。
ミスリル製のキャンプギアに、想いを馳せていると、自然と笑みが溢れ出てきた。
「気に入ってもらえたようで、良かった。キョウヘイさんからは、魔導具の匂いがしますからね! しっかりと生き残ってもらわなければ……今後もご贔屓にして下さいね」
ブロルからも、笑みが溢れ出てきたが、こちらは、まだ見ぬ魔導具に、想いを馳せた狸の皮算用的な笑みだ。
「ハ、ハハハ……頑張ります」
ブロルの欲望まみれの笑みから、妙な圧力を感じた恭兵は、乾いた笑い声を上げるしか無かった。
「もういいか? 行くぞ」
渋顔は、心底どうでもいいといった感じで、恭兵の行動を急かす。一秒が生死を分けることもある。ミッションに対しては、常に最速を心掛けているようだ。
「どちらに行かれるんですか?」
「ギ、ギルドに行こうかなぁと。何か仕事にありつけそうですから」
「……そうですか。そのお二方がいらっしゃるので、大丈夫だと思いますが、無理なさらないように」
先程までの欲望まみれの笑みはなくなり、少し沈んでいるが、優しい目で恭兵に語りかけてくる。
「はい、ありがとうございます」
ここからがミッションの山場だと、心を引き締め、ヘドマン商会を後にした。




