062 レーベルク防衛戦(5)
案内された試着室には、天窓から光が注ぎ、用意されていた鎧を照らしていた。スポットライトを浴びて、浮かび上がる光景は、絵から切り出されたような美しさを感じさせた。
「…………」
光が当たると緑を帯びる白い鎧。胸当や脛当、籠手などは、洗練された曲線で構成されており、シンプルながら、光を様々な角度に反射させ、まるで、オーロラを纏っているようだった。
反対に、肩当や腰当などの可動域は、羽根を象ったプレートを鱗のように重ね合わせてあり、芸術性と機能性を兼ね備えている。
兜には、翠の尻尾のような鶏冠が付いている。額当と面頬は、鳥をモチーフにしているのだろう。
「気になりますか? “装着”できれば、差し上げますよ?」
城塞都市に来てから、鎧を纏った人を何人も見てきた。しかし、この鎧が放つ美しさや神聖さは、そのどれもを凌駕する。気にしない方が、どうかしている。
「……え、ええ?! でもこれは、実戦用ではないでしょ?」
思わず、クレームを上げてしまう。この鎧が、似合うのは、戦場ではない。教会や城などで、儀礼用として、使用するべきだと思ってしまった。
「この鎧は、総ミスリル製で、しかも、遙か昔の失われた技術で、精錬されているので、純度が高い。その辺の鎧なんて比にならない性能ですから、実戦で使用しても、なんら問題ないです。ただ……」
ブロル曰く、この鎧は人を選ぶらしい。選ばれなければ、着ることは出来ない。ブロルの祖父が譲り受けてから、何人もチャレンジしたが、未だに、試着室に飾られたままだ。
「この試着室に来られた方は、挑戦していきますよ。一種の儀式みたいな物です。キョウヘイさんも、どうです?」
「や、やってみます!」
別に、この鎧が装着出来ると、『伝説の勇者』などの特別な意味は無い。それでも、百年近く装着出来た人間はいない。否が応でも、恭兵の厨二病が、刺激される。
「では、この籠手をどうぞ。駄目ならば、すり抜けますので」
ブロルは、そういって、籠手を差し出してくる。当たり前のように言っているが、普通に考えれば、かなりの怪奇現象だ。
「す、すり抜ける?」
「ええ、どういう訳か、手に着けても、すり抜けて落ちるんです。持つのは問題ないんですけどね」
何処かで、聞いたことがある現象だ。いや、体験した現象か。まるで、渋顔から渡される銃器や弾薬のようだ。
(西洋鎧は、GGFで見たことが無いなぁ。それに、渋顔は、防具系は、渡すことが出来ないしなぁ……)
仮に、GGFの装備品だとしても、恭兵達が異世界に来る以前から存在しているのは、おかしい。
(別の誰かが、先に異世界に来ていた?)
差し出された籠手に、右手を入れながら、自分以外の転移者の存在の可能性を考え、驚いていた。そのせいで、無意識に右の手のひらを何度か開閉させていた。
「「……え?!」」
恭兵が手を差し入れた時点で、ブロルは籠手から、手を離していた。本来であるならば、すり抜けて、落ちるはずだ。
だか、目の前で、明後日の方角を見ながら、普通に手を開閉させている恭兵。ブロルとロドルフは驚きの声を上げる。
「……うん?!」
恭兵は、二人の驚きの声で、思考の中から、我に返る。右手には、籠手が、普通に取り付いていた。
「……こ、こ、これ、装着出来てます?! 出来てますよね?!」
「え、ええ。間違いないです。まさか私の代で、装着者が現れるとは……予想外です」
恭兵は、驚くを越えて、混乱していた。流石のブロルでも、驚きを隠せずにいたので無理はない。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 絶対、変ですよ!? だって、私の見立てでは、キョウヘイ様の手のサイズより、一回り小さい籠手ですよ?! 何で入るんですか!」
恭兵以上に混乱していたのは、ロドルフだ。言葉遣いが乱れている上、装着出来たことよりも、サイズがおかしい事にツッコミを入れている。
(驚くのそっち?! でも、確かに小さそうではあったなぁ……)
他人の混乱状態を見ると、自身は落ち着いてくるものだ。恭兵は、心の中でツッコミながら、まだ飾られたままの左手の籠手と、右手を比べる為に、交互に視線を走らせていた。
「取りあえず、落ち着きましょう。他の部位を装着してみませんか? ロドルフが言うとおり、他の部位もキョウヘイ様にとっては、小さいでしょうし……」
「……そうですね。すみません。少し、混乱していました。まさか、着用出来るとは思っていませんでしたので、取りあえず、籠手を外して下さい」
(えっ!? せっかく、着けたのにまた外すの?)
恭兵の頭の上には、『?』が浮かんでいた。だが、その疑問はすぐに解消される。
「……鎧を着られるのは初めてですよね?」
「え、ええ。初めてです」
「ですので、一人で着用出来るように、順番通りに着用しましょう。籠手を着けていると、他の部位を着けにくいので、外して下さい。まずは、鎧下から……」
その後、ロドルフは、次々と、恭兵の大きさにフィットしていく鎧に驚きながらも、装着方法をレクチャーしていった。




