060 レーベルク防衛戦(3)
恭兵は、ブロルがここまで自信があることに、一抹の不安を感じていた。今回は、通常の大規模侵攻では無い。活動拠点の情報によれば、上位禍獣の存在が疑われている。だが、その事を伝えることは出来ない。
(ピーターが都市上層部と掛け合っているといっていたから、パーカーさんが、ちゃんと情報収集してくれるよなぁ)
パーカーは、普段はイジられキャラだが、歴とした護衛リーダーだ。ギルドから正確な情報を持ち帰ってくれるだろう。恭兵は、不安をパーカーに丸投げし、話題を切り替える。
「そ、それなら安心ですね。そうかぁ……それなら不要かなぁ? いや、でも……」
恭兵は、ブロルから『どうしましたか?』と問われることを待っているように、チラチラと横目で見ながら、迷っている仕草を見せる。本人は、演技が得意だと勘違いしているようだ。誰か、『君は大根役者だよ?』と、指摘してあげて欲しい。
「……どうしましたか?」
まさに、恭兵が求めている問いだ。ブロルは、あえて会話に乗ってくれたのだろう。残念なことに、演技が下手だとは、指摘してくれなかった。
「じょ、城塞都市に着いたら、防具を整えたいと考えていたんですよねぇ。でも、先程の話だと出番がなさそうだなぁと……」
城塞都市に着いたら最優先で、実施予定だった、渋顔達のクリスタルの作成は完了した。次は、自身を護る防具の購入を進めたいと考えていた。
「……成る程。この都市の防具は、他所より質が良いですし、今後の事を考えたら、整えても損はないですよ。宜しければ、お選びしましょうか?」
ブロルは、防具の話をするために、回りくどく、下手な演技をしている意図が読めずにいた。少し考えてみたが、あまり待たせるのは得策ではないと諦め、購入を勧めることにした。
「ブ、ブロルさんのお店は、取り扱いがあるのですか?」
この規模の店舗だ。恭兵も、取り扱いがあるだろうと思っていた。にもかかわらず、相変わらず、白々し演技を継続している。恭兵なりに、何か交渉をしているのだろう。
「ええ、ございますよ。どのくらいのご予算をお考えですか?」
もちろん、恭兵達にお金の余裕などない。グラ爺からの三十万クルは当面の生活費だ。しかし、恭兵は、ブロル相手ならば、打てる手があると確信していた。どうやら、下手な演技は、ブロルから予算の話題を振ってもらうための布石のつもりだったようだ。
「え、えーと、確認なんですが、ブロルさんは、魔導具が、お好きですよね?」
ここまでの行動から、誰がどう見ても、ブロルは、魔法発動体マニアだ。それは、所持している特殊スキル【射抜く偏執狂の目】の効果からも、読み取れる。
「ええ、三度の飯より魔導具です!」
ブロルは、満面の笑みで、元気よく応える。この先の展開が、頭の中で構築されているのだろう。溢れ出す喜色を隠すことが出来ずにいた。
「あ、あの鑑定中のお皿と防具一式って交換できま――」
「――いいんですか!? まだ、効果も分かってないんですよ?!」
ブロルは、恭兵の言葉が終わりきる前に、座っていたソファーから、勢い良く立ち上がり、恭兵の顔の前まで、身を乗り出して、声を張り上げていた。
(顔近いな!! 食い付きすぎだろ!? 異世界にきて、出会った人……変態ばっかりかッ!?)
今にも掴みかかられそうな距離感のブロルに、若干引きつつ、会話を進める。
「え、ええ、なので、交換してもらえるなら助かるなぁと……。普通、効果の分からない物は、買ってもらえないでしょ?」
「いや、魔導具ってだけでも、充分な美術的価値があります。それに、とんでもない効果があるかも知れないじゃないですか!」
普通の人は、中身の分からない商品は買わない。だが、グラ爺やブロルは、いわゆるスマホゲームのガチャ感覚で、課金できる人種だ。恭兵も、二人ほどではないが、キャンプギアのマニアなので、気持ちは分からないでも無い。
「こ、後半部分については、理解できますけど、前半部分はブロルさんだけでしょ……。とにかく、交換してもらえるなら、何でもいいです」
ガチャ感覚は理解できるが、美術的価値は分からない。呆れた表情で、投げやりに応える。
「分かってないな! 魔導具なんですよ!? 本当に、宜しいんですね?!」
ブロルは、理解されないことに憤りを感じているようだ。恭兵は、逆に今まで理解されたことがあるのか、問いただしたいが、泥沼化するのは、目に見えている。
「え、ええ、足りないようでしたら、“焚き火台”も、お付けしましょうか?」
ここは、畳み掛ける好機と判断し、より良い防具を仕入れるために、ブロルの鼻先にニンジンを追加する。
「なッ!? とっておきの防具を用意させていただきましょう! 誰かッ!! 防具フロアに、キョウヘイさん達を案内……いや、私が案内するので、担当者に連絡して、準備させておきなさい!」
想像以上に“追加のニンジン”が効果を発揮してしまい、鼻息の荒いブロルを見てしまった恭兵は、不安になってきた為、保険をかけることにした。
「あ、後で効果が微妙でも、文句無しですよ」
「それは、こちらの台詞ですよ。効果が凄くても、文句無しですよ」
お互いに視線を合わせ、納得のいく取引となりそうだと笑い合っていた。




