006 裏世界っぽい?(6)
「――フフフッ、まぁいいさ。ここまで想定内だ」
……恭兵の顔が急に、自信に満ちあふれてきた。こういう時は、大抵、ろくでもない考えを思い付いたときだ。
「そう! これからが私のターン!!」
……あぁ、これは駄目なやつだ。完全に厨二病を全解放した目をしている。
「渋顔よ! いつから自分が主人公だと勘違いしていたのだ? いや、確かに今までは、この世界の主人公だっただろうよ」
……勘違いは、恭兵だ。渋顔は、間違いなく、今も主人公だ。
「しかし、渋顔よ! 貴様を生み出したのはこの私なのだ! そして、その私がゲームに降臨したのだ。フハッハッハッハ!! ハイラントの出番は、もう終わりだ!」
……渋顔の出番が終わると、恭兵の命も終わりそうなのだが……。しかし、ノリノリだな。
「さぁ! 私メインの設定に切り替えようではないか!!」
恭兵は、アプリのトップに戻り、『◆岩河 恭兵』を選択する。そして、渋顔をレンタルして、パーティー登録する。
「……さて、今回はどうだろうか?」
前回と同様に、渋顔と先生に恐る恐る、すり足で近づいてみる。先程までの自信に満ちあふれた言動とは、釣り合わない動きだ。
前回は、先生のみ警戒するような動きだったが、今回は、渋顔も周囲を警戒するように、銃を構えている。そして、その銃口がこちらに向くことはないようだ。
「……よし、これで、私の野望に一歩近づいた訳だ!」
「――おい」
「後は、ミニゲームで、どういった動作をするのかだな」
「――おい! 恭兵! 大丈夫なのか?」
「フン。この私を呼び捨てとは、いい度胸だな! 渋い声だからって、許されると思うなよ! 渋顔よ! …………うん?!」
「…………どうした? 頭でも打ったのか?」
怪訝な表情を浮かべた渋顔が、当たり前のように、話しかけてくる。
「……あっ、い、いや、大丈夫だとおもいまふ」
……いや、大丈夫なら噛まないだろ。恭兵は、かなり動揺している。
「それならいいが……。今の状況は、活動拠点でも、把握出来ていない。なにか違和感があれば、報告しろ」
「ら、らじゃ」
突然、喋り出した渋顔に、呆気にとられ、言われるがまま、返事をしてしまう。そんな中、脳内に声が響いてきた。
『……ラーベ1、こちらアルバトロ。その先に、古びた砦の存在が確認された。どうやら、妙な生物が占領しているようだ。情報が欲しい。回収してきてくれ』
『ラーベ1、了解した』
『生物兵器の可能性もある。充分に警戒してくれ』
立て続けに起こる非現実的な出来事に、混乱し続ける恭兵。まさか、勝手に動き出すとは、夢にも思っていなかった。
(なんか知らんが勝手に話が進み出したんですけど?! てか、なんで急に喋ってんの?! てか、生の渋顔カッコイイよすぎなんですけど!?)
今回、勝手に動き出した渋顔は、表情に生々しい感じが追加され、渋さを際立てている。さらに、声はゲームのままなので、渋顔と相まって、渋カッコイイが天元突破していた。
「活動拠点からの指示は聞こえたな? 早速動くぞ」
――コクッ
先生は頷くと、先頭を歩き出した。
「恭兵は、シュティルの後ろだ」
「り、了解です」
渋顔から、言われるがまま、先生の後ろを付いて歩く。しんがりは、渋顔が務めるようだ。
しばらく歩くと、遠目に古びた砦の見えてきた。
(あっ、GGFでみた砦だ。……なら、相手はゴブリンか?)
「よし、止まれ。恭兵はここで待機していろ」
「り、了解です」
渋顔の指示通り、恭兵は、立ち止まる。この時まで、完全に思考停止していた。気が付くと、周りに渋顔も先生もいなくなっていた。
「え……?」
太陽が雲に隠れたのか……。それまで心地よい日差しに照らされた木々達が、急に色を失ったように感じた。
――ギギキャャ
その瞬間、恭兵の後ろから、耳障りな音が響いてくる。慌てて振り向くと、薄汚れた歯を剥き出しにし、威嚇してくる深緑の化け物が、こちらを見ていた。
身長は、小学生程度だが、強制的に嫌悪感を抱く醜悪な面構え。手には、原始的な棍棒を持ち、汚れた布を腰に巻いている。
(あっ、これ、目を合わせたら駄目なヤツだ)
頭では、理解しているが、好奇心には、抗えない。なにかに誘われるように視線を合わせてしまった。
ギョロリとした、仄暗い目がこちらを捕らえた瞬間、棍棒を振りかざし、向かってきた。
(に、に、逃げなきゃ!!)
恭兵は、深緑の化け物に背を向けて、走り出した。数歩は、踏み出せただろうか……。恐怖から、足がもつれ、なにかに躓いた時に、後から衝撃を受けて、吹き飛ばされた。
「あがッ! うぐぁ……痛ぁ、」
派手に飛ばされた割には、そこまでの傷みはなく、むしろ、地面でこすった肘のほうが痛かった。躓いたお陰で、体制が崩れ、背負い袋が攻撃を受けてくれたのだ。
急いで、立ち上がろうとすると、地面に影が写り込んだ。
(あッ! ヤバい!)
化け物が覆いかぶさってきたのだ。咄嗟に、仰向けになり、なんとか両腕を掴み、組み付かれるのを阻止した。
――ギギキャャ
間近で見る化け物は、より嫌悪感を抱かせる。匂いは、なにかが、腐ったような独特な獣臭。目は、この世の全てを怨むような仄暗い色を宿している。
「な、な、んて、力だッ!」
なんとか抑えているが、体格からは、考えられない力で振りほどこうとしてくる。
「くッ、この、ままじゃ」
(ま、不味い、これは、殺される。どうすれば……)
その時、目に入っのは、先程受けた衝撃で背負い袋から取れたバトニング用ナイフ。
すがる思いで、手を伸ばし、そのまま化け物の腹に突き立てた。
――ギギャキャギャ
傷みからだろう。化け物は、腹を押さえながら飛び退き、こちらを睨んでいる。
恭兵も起き上がり、化け物を睨み返す。右手には、化け物を刺したバトニング用ナイフ。
互いの目が、合った瞬間、世界が色を失い、深緑の化け物だけが、色を帯びて存在していた。
(な、んだ、この感覚……?)
音も無く、まるで、二人だけの世界で、化け物の動きが、手に取るように分かるような感覚。気が付いたら、化け物に向かって、走り出していた。
化け物は、迫る恭兵を迎え打つため、棍棒を振り下ろしてくる。だが、恭兵にとっては、緩慢な動きだった。
ゆっくりと振り下ろされる棍棒を、ごく僅かな動きで、躱しながら、導かれるような、自然な動きで、すれ違いざまに、ナイフを化け物の首筋に突き立てた。
――ドサッ
化け物が倒れる音と共に、世界に色が戻ってきた……。




