059 レーベルク防衛戦(2)
ヘドマン商会に戻ることにした恭兵達だが、解決しなければならない大きな問題があった。恭兵はその“問題”を指差す。
「こ、この状況は、どう説明しましょうか?」
指差したのは、眠ったままのメイド【イルメリ】だ。先生に撃たれて、眠らされたことのある恭兵は、実体験から、『1時間半は、眠ったままだろう』と考えていた。
「うん? “突然、倒れた”では、駄目なのか?」
渋顔は、どうでも良さそうに返答する。先生の背後からの早撃ちにより、イルメリ本人は、撃たれたと認識していないだろう。それに、麻酔弾による狙撃は、ゲーム仕様のためか、撃たれた人間に銃創は残らない。
撃たれたことは、恭兵達以外は、誰にも分からないのだから、追求されることはない。ただ、イルメリの悪くもない体調のせいにするのは、気が引ける。
「…………そ、それしかないですかね……」
なにか方法はないか考えてみたが、思い浮かばない。気の毒だが、渋顔の意見を採用することにした。せめて、イルメリの不利益にならないように、全力でフォローしようと心に誓って、拠点の民家から出て行った。
***
相変わらず、大鐘楼の鐘の音は、定期的に鳴り響いていて、街全体が慌ただしい雰囲気に満ちていた。お陰で、前回同様、渋顔がイルメリを担いでいても、誰も気にしていなかった。
「た、た、ただいま戻りました」
何事もなくヘドマン商会の店舗前に辿り着き、裏手の勝手口から店舗に入る。すると、すぐに執事風の男性が出迎えてくれた。店舗の従業員なのだろう。
「お帰りなさいまッ! どうなされましたか!?」
恭兵が先頭で、その後にイルメリを担いだ渋顔が店舗に入ってきた為、従業員は、少し遅れて驚いていた。
「あ、と、と、突然、倒れられまして……」
「そんな! こ、こちらにどうぞ! だ、誰かエグモント先生を連れてきてくれ!」
慌てながらも、渋顔を別室のベッドに誘導して、他の従業員に指示を飛ばす。
偶然、エグモントという医者が来店していた為、すぐに診察を受けることが出来るようだ。
(……大丈夫かなぁ? 麻酔弾で撃ったといっても、キズ一つないわけだし、気付かないとは思うけど……)
恭兵は、異世界の医療水準がどの程度か分からないので、内心バレないかドキドキしながら、案内された別室で待機していた。
***
別室でしばらく待っていると、ブロルが謝罪と診断結果を伝えにきた。
「イルメリがご迷惑をおかけし、申し訳ございません。医者によれば、命に別状はないそうです。疲労により、倒れたのだろうとのことでした」
どうやら、麻酔弾で撃ったことに気付かれていないようだ。謝罪までされた為、気まずいと感じていた。
「そ、そ、それはよかった。こちらこそ、イルメリさんには、大変ご迷惑をおかけしました。きっと、そのせいで疲れたんでしょう。すみません」
本当に謝罪したい内容は言えないため、別の理由を作り出し、謝罪する。せめて、自分達のせいで、倒れたとなって欲しいと願いながら……。
「いえいえ、イルメリなら大丈夫だと送り出したこちらの不手際です。どうかご容赦願いたい」
願いは叶わず、イルメリが悪いとなりそうだった。このままでは、不味いと慌てて、軌道修正を図る。リアルメイドに不利益を生じさせる訳にはいかない。
「い、い、いえ。ハイラントの殺気が原因かもしれませんし……。イルメリさんは、悪くないですよ。あっ、それはそうと、ポーカーさんが、情報収集の為にギルドに向かわれましたよ」
渋顔の特殊スキルのせいにしつつ、パーカーの行動についての話に切り替える。生け贄がよく似合う男。それがパーカーだ。
「先程、ギルドから使いの者が参りました……パーカーめ! お客様の護衛を放棄するなんて!」
見事に生け贄に食い付いてくれたおかげで、イルメリから話題を逸らすことができ、ホッと安心していた。もちろん、生け贄へのフォローも忘れない。イルメリに対して程では、ないが……。
「い、い、いいんですよ。何やら緊急事態のようでしたし……」
恭兵は、既に何が起きているか知っている為、白々しい演技になってしまうが、知らない振りをしていた。
「……重ね重ね、申し訳ございません。どうやら、大規模侵攻が発生したようなんです」
もちろん、海千山千のブロルは、恭兵の演技など、すぐに見破ってしまうだろう。だが、今までの付き合いから、確証のないことは口にしないタイプだと考えていた。案の定、疑惑の眼差しを向けながらも、そのまま話を続けてくれた。
「そ、そ、そうなんですか。大丈夫でしょうか?」
バレたかも知れないが、白々しい演技を途中で止めるわけにはいかない。例え、泥舟だろうと舟は舟だ。沈むまで乗り続ける覚悟だった。
「そこは、伊達に城塞都市を名乗っていませんので。ご安心下さい」
ブロルは、自信に溢れた表情で、太鼓判を押してくる。実際、都市全体に慌ただしい空気はあるが、逃げ出す人はいなかった。住民もこの都市を信頼している証拠だろう。




