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053 城塞都市潜入(30)

 恭兵は、渋顔(ハイラント)達の対面に椅子を用意して、ブロル達を案内していた。渋顔(ハイラント)達は、案内されてきた二人には、目もくれず、カレーに集中している。いや、集中というより、殺気立っているといったほうがよいかもしれない。


「ど、どうぞ、こちらでお待ちください。すぐに朝食の準備をしてきます」


 この場で最も危険な場所に放置されるとは、夢にも思っていなかった二人に、緊張が走る。目の前には、放し飼いにされている空腹の猛獣の方がマシなレベルの殺伐とした空気を放つ危険人物が二人いる。

 この殺伐とした空気感が、カレーが原因で生み出されていると分かったときは、どんな反応になるだろうか。その上、大丈夫だと太鼓判を押してきた人物(飼育員)がその場から離れようとしている。


「お、お、お、お気遣い無く――」


 何とか四人きりになる危機的状況を回避しようと、パーカーが悲痛な声をあげるが、異世界“甘口文化”浸食計画に夢中な恭兵には、届くことはなかった。


 しかし、人間とは不思議なもので、どんな状況でも、慣れてしまう。去って行く恭兵に絶望感を覚えるパーカーに対して、昨晩、間近で強烈な殺気を味わっているブロルは、鼻先をくすぐる魅惑的な匂いに、潜めていた好奇心が刺激されてしまう。


「――食欲をそそる匂いですね?! それは、何か教えてもらえますか?」


 護衛対象の危険を顧みない質問に、慌てたのは、初めて間近で受ける殺気に、動揺が隠せないパーカーだ。


「――だ、だ、旦那ッ!? さっきの会話、忘れたのかッ?!」


 思わず、声を荒げるパーカーを見て、自分の失態に気付いたブロルは、青ざめた顔で、慌てて、謝罪を口にしようとした。


「あ! つ、つい、失礼しまし――」


「――咖喱飯(カレーは、)香美脆味(究極の食べ物)


 ブロルの謝罪を先生(シュティル)が、恍惚とした表情で遮った時に、ちょうど恭兵が、カレーを注いで戻ってきた。

 ブロル達の前にカレーを置くのだが、固まって反応が無い。殺伐とした空気を一変させる妖艶な笑みをうかべる先生(シュティル)の場違いな美しさに、呆気にとられていたのだ。

 まさか先生(シュティル)の美しさが原因だとは思わない恭兵は、渋顔(ハイラント)に疑いの目を向ける。


「な、何か問題ありましたか?」


(また、渋顔(ハイラント)がやらかしたのかなぁ?)


 完全な濡れ衣なのだが、その場には、訂正できる人物は存在しなかった。恭兵の質問が宙に浮く中、しばらくして、再起動したパーカーが状況説明を始めた。


「昨日は、旦那が色々と詮索したせいで、そちらの方を怒らせたでしょ? 今日は、気を付けるようにと忠告していたんですよ。それを旦那が……」


「す、すみません。匂いに釣られて……」


 自分達のせいで怒らせたと勘違いして、反省しているブロル達の言葉に、恭兵は齟齬が生じている事に気付いた。


「……あ、そ、それはこちら側に問題があっただけですから、気にしないで下さい。彼は極度の人見知りなんです」


「「…………」」


 明らかに胡散臭いと言わんばかりの目が二つ。『その言い分けはない』と信用されていないのだろう。


「――いや、本当ですよ!? 緊張から殺気が出ただけです!」


 これが真実のため、たちが悪い。これしか言い様がないのだが、より二人の目が疑念に満ちていく。


「そ、そ、それはちょっと無理が……。いや……そ、そういう事にですね。成る程、任せて下さい。上手くやって見せます!」


 ブロルが何かを察したように、急に態度を一変させる。少し怯えているように見えるのは気のせいではないだろう。まるで脅しているような構図に、焦る恭兵。


「いや、本当です――」


「――分かっています。全て私達に、お任せて下さい!」


 納得してしまった商売人を説得するのは難しいようだ。やる気が満ちてきたブロルには、もう言葉は届かない。


(本当のことなんだけどなぁ。……まぁ、逆の立場なら、こうなるかなぁ……)


 釈然としないが仕方ないと説得は諦めることにした。ブロルもそのつもりのようで、別の話題を振ってくる。


「しかし、このカレーですか? 美味しいですねぇ! どこの料理なんですか?」


 恭兵が一番欲しい話題を振ってきたブロルに対して、流石は、商売人だと感心してしまう。


「も、元はインドという国の料理だと記憶しています。ご存知ですか?」


 ここぞとばかりに、異世界(こちら側)のカレー事情を聞き出そうとする。


「うーん。私は聞いたことないですね。パーカーはありますか?」


「……旦那が知らない国を俺が知っているわけないだろ」


 どうやら、好奇心旺盛なブロルや経験豊富そうなパーカーでも、知らないようだ。『これは行けるんじゃないか?』と心が浮かれ出す。


「一応、聞いただけですよ。万が一がありますし――」


「――そう、ハッキリと言われると腹が立つな!」


「まぁ、まぁ、まぁ……。お客様の前ですよ。これだからパーカーは――」


(なんとなく、二人の関係が見えてきたなぁ)


 漫才のような二人の掛け合いを見ながら、次の展開を考えていた。異世界“甘口文化”浸食計画は、ようやく動き出しのだから……。


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