052 城塞都市潜入(29)
大きめのパオのような天幕を中心に、囲うように、小ぶりな天幕が幾つか設営されている。その内の一つに、強面の見張りは、少しトーンを落として、声をかける。
「パーカーさん、例の奴が、ブロル様へ面会に来てます」
天幕の中から、何かを羽織るような生地がこすれる音がすると、すこし、急いでいるような機敏な動きで、無精ひげを生やした中年男性が出てくる。護衛リーダーの『パーカー ・ハンフリー』だ。
天幕から出てきたパーカーは、強面の肩に手を置き、「ご苦労さん」と労をねぎらう。強面もどこか、嬉しそうな表情を浮かべて、見張り位置に戻っていく。
戻っていく強面の見張りを横目にしながら、隣接する大きな天幕に入っていく。天幕の中では、ブロルとその従者達が、着替えを済まし、撤収準備を進めていた。
「旦那、聞こえたよな。今回は、俺も付いていくからな。昨日のような後悔は、まっぴらだ」
ブロルに反論は許さないとばかりに、剣呑な視線を差しを向けるパーカー。二人は、視線で牽制しあうが、負けたのはブロルで、降参とばかりの苦笑いになる。
「ああ、私だってあんなのは、もう勘弁だ」
ブロルの苦笑いが、少しずつ、青ざめた困り顔に変化していく。それを見て、パーカーも昨晩の殺気を思い出す。
「……まぁ、俺が付いていっても、気休め程度だがな……。逃げる時間位は、稼いでみせるさ」
自分との実力差を考えると、玉砕覚悟で挑んでも、五分と保たないだろうと、頭では理解しているが、護衛としての矜持が許さない。ブロルだけは、必ず逃がすと気迫をしぼり出す。
「馬鹿を言うなよ。そんな状況なら、どの道、助からんさ。分かるだろう? 逃げたところで意味は無い。あれらは、そういう類の人間だ」
命を無駄に張ろうとする友に、“仮にその場は逃げられても意味はない”と諭す。
「……旦那よ。頼むから、刺激するなよ」
懇願するような、顔に似合わない声を出すパーカー。心の底から出た愚痴だろう。
「分かってるさ。昨晩だって刺激するつもりなんて、これっぽっちもなかったんだよ」
後悔はしているようだが、反省はしていないような、飄々とした態度のブロルに、護衛として、頭を抱えたくなる。
「……はぁ、……真面目な話、昨晩の殺気で、都市警備隊が動いている。入るときに、一悶着あるかもしれん。揉めたら血の海なんて事にもなりかねん。旦那の腕にかかっている」
このままでは不味いと感じたパーカーは、ブロルの不手際により生じた状況を盾にして、脅しをかける。
「…………いやな事言うなよ。……あぁ、胃が痛い」
パーカーは、胃の辺りを擦り、愚痴るブロルの背中を押しながら、天幕を出て行った。
***
恭兵は、強面の見張りに警戒され、居心地の悪さを味わっていた。そんな中、しばらく耐えていると、ブロルとパーカーが、天幕から出てきた。ブロルの顔には、少し疲れが見えるような気がした。
(……不味いなぁ。昨日の事を気にして、あまり眠れなかったのかもしれない。これは、すぐに謝ったほうがいいなぁ)
「お、おはようございます。き、昨日は、うちのハイラントが失礼しまし――」
「――いえいえ、こちらこそ、無理を言ってしまい申し訳ありません。あの後は、大丈夫だったでしょうか?」
ブロルが慌てて、恭兵の謝罪を遮り、逆に謝罪してくる。困ったのは恭兵だ。
(完全怒っているな。謝罪は受け入れてもらえないみたいだ)
「……ええ。ハイライトも反省していましたよ」
謝罪が受け入れてもらえないならばと、反省をしている事だけでも伝えておくことにした。
ブロルは、真っ直ぐな目で、何かを探るように、恭兵を見ていた。少しの間の後、何かを悟ったような表情を見せ、口を開く。
「…………そうですか。こちらに来られたのは、今日の打ち合わせですか?」
これ以上は、不要とばかりに、話題を切り替えてきた。ホッとした恭兵は、ここぞとばかり、異世界“甘口文化”浸食計画を進めようとする。
「は、はい。打合せも兼ねて、朝食を一緒にどうかなぁと思いまして――」
「――そ、そ、それは……」
ブロルが難色を示す。昨晩の“焚き火”が頭によぎったのだろう。
「あッ! は、ハイラントの許可は取ってますよ」
ブロルの心配を少しでも減らそうと試みる。実際のところ、昨晩も“一応”許可はあったのだ。ブロルからしたら、あまり安心材料にはならない。
「そう……ですか……。で、では、お伺いさせてもらいます」
観念したとばかりの言葉づかいで、ブロルが答える。顔は苦虫を潰したような顔になっている。
(ほっ、良かった。何とか信用してくれたみたいだ。顔はちょっとアレだけど……)
“あの顔”で信用してくれたみたいだと思えるのは恭兵くらいだ。ちょっとアレって……。そんな会話を割って、護衛リーダーのパーカーがニコニコとした笑顔を浮かべ、話し掛けてくる。
「――俺も、今回は付いていきますよ。護衛リーダーですから、良いですよね?」
(いくら入口近くとはいえ、リーダーとしたら、打合せに参加したいよなぁ)
「そ、そうですね。ちょっと、お待ち下さい。確認してみます」
人見知りな渋顔に脳内通信で許可をとる。また、殺気を振り撒かれたら、ここまでの苦労が台無しだ。
『……ハ、ハイラントさん。恭兵です。護衛リーダーも参加しますが、大丈夫ですか?』
『ああ。シュティルと恭兵以外は、存在しないと思い込むので大丈夫だ。事前に来ると分かっていれば、問題はない』
どうやら突然の訪問でなければ、対策はとれるようだ。渋顔の口振りからは、自信すら感じられる。
『り、了解です。では、よろしくお願いします』
脳内通信を終了して、決死の覚悟で敵陣に討ち入るような雰囲気のブロル達の緊張を和らげるために、話し掛ける。
「きょ、許可が下りました。では、行きましょう」
ブロル達は『いつ許可を取ったんだ??』と怪訝な表情を見せていたが、『何とかなりそうだ』と足取りの軽い恭兵は、全く気付いていなかった。




