005 裏世界っぽい?(5)
「よし。これでどうだろう」
恭兵はスマホで設定を終えてから、渋顔と先生に恐る恐る、すり足で近づいてみる。
「……どうやら大丈夫みたいだ」
今回試したのは、渋顔に恭兵自身をレンタルさせて、渋顔と同じパーティーに登録することだ。
「――フハッハッハッハッ! これで私の安全は完全に保証された! 世界狙っちゃう? ねぇ? 狙っちゃっていいの? これ!」
恭兵は、最強のシュティルを手に入れて、浮かれている。
「――なんてね、先生が実際に、助けてくれるかどうかわからん」
……どうやら、心配する必要はなかった。恭兵は、自分の命が賭かっている状況で、自分に酔っている暇はないと自覚していた。
「しかし、よく考えたら、モンスターが出るかもわからないし、襲われない可能性だってあるよなぁ」
そもそも、このGGFには、本来モンスターが出てこない。本来の敵は、テロリストだ。テロリストが襲ってきたら、それはそれで、恐怖体験だろうが、あくまで人間だ。対話が出来る可能性は、残されている。また、モンスターでもテロリストでも、敵対すると決まった訳ではない。
「それに、渋顔のことも気になるしなぁ」
渋顔は、未だに動く気配がない。今回の設定は、渋顔がリーダーとして、パーティー登録している。その為、彼がメインで動く必要があるはずだ。恭兵は、試しにと、渋顔から離れてみる。
「あれ? なんか変な力に引っ張られてる?」
なにか見えないゴムが結びつけられているように渋顔の方に引っ張られる。
「ぐぎぎぎぎぃぃ……ファイト一発ッッッ!!」
――ドサッ
……渋顔が倒れた。
「ひっ! すみません!」
恭兵は、渋顔には、つい丁寧語になってしまう。なぜなら、主に顔面から歴戦の強者オーラが、ヒシヒシと感じられるからだ。
(くっ! 私の厨二病に感謝したまえ!)
…………完全に、負け惜しみである。
しかし、この設定だと、渋顔から離れる事が難しいと判明したことは朗報だ。
このゲーム本来の敵であるテロリストは、まるで空気を吸うように、NPCを拉致監禁してる連中だ。恭兵の扱いがPCだという保証はない。アプリに名前があるから、大丈夫なんて考えは危険だ。
万が一、恭兵が拉致されても、この設定ならば、先生から、引き離されることはない。……渋顔を引きずることにはなるが。
「次は、ミニゲームで、渋顔が動かせるのか確認するか」
アプリを起動し、ミニゲームを選択する。 スマホ画面には、2Dにデフォルメされた渋顔が表示されている。その後ろには、先生と恭兵?が同じく、デフォルメされて、並んでいる。
先生は、さすが美人スナイパー。デフォルメされても、美しい。それに比べて、恭兵?のデフォルメキャラはひどい。名前表記が『ヴァイス(笑)』と表示されている。
「……これはもう私の厨二病に対する宣戦布告だな!? ……よろしい! ならば、戦争だッ!」
ヴァイスは、恭兵が『名前を変えろ』と要求した時に提案した名前だった。ご丁寧に(笑)を付けて、変更してある。
(くッ! 何処の誰かは知らんが、完全にディスってきてやがる!? …………いや、よく考えれば、こんな状況に放り込んだ犯人が、わざわざ、こちらに接触してきたのか。私はここにいるよ、気付いてって事だよな)
確かに、わざわざ存在をアピールしていることは間違いないだろう。
(だったらさぁ、もっとやり方ありますよね? ツンデレですか? 小学生男児ですか? こんなの大人な私以外なら即日開戦ですよ?)
いや、さっき『戦争だッ』とか言ってた気がするが……。
(今回は許してあげますから、わかりますよね? 世の中、何にだって対価は必要なんですよ。謝罪と賠償はセットなんて、心の狭いことは言いません。何処のどなたか知りませんが、賠償よこせや! 本当お願い致します!! これマジ!!)
欲望が丸出しである。どうしても、金髪王子顔になりたいらしい。しかし、その何処のどなたに伝わると確信でもしているかのように、心の中で叫んでいるが、意味があるのだろうか?
ふと、スマホを見てみると、デフォルメ恭兵の名前表記が変わっていた。
『ヴァイス(なんか…ゴメン(・´ω・`)ゞ)』
……どうやら、心の声は、ちゃん伝わっているようだ。賠償はないが、一応、謝罪はしている。
「……賠償無しか! よろしい、戦争を始めようじゃないか!!」
……しかし、どうやら、恭兵のお気に召さない回答だったようだ。恭兵が求める賠償の方に問題点があると思うのだが……。
まぁ、この愉快犯にも問題はある。どうやら重度の“かまってちゃん”らしい。こんな短時間で、ヴァイスの名前を掲示板代わりにして、イジってくる適応能力の高さには、驚かされる。
「こいつは、相手にしたら、調子にのるタイプだ。……くっ! チラチラと名前が目に入る。無視だ! 無視!」
重度の“ツッコミ病”を患っているの恭兵には、この手の相手をスルーする能力はない。“かまってちゃん”とは、相性バツグンだ。
恭兵は、チラチラと目に入る伝言板を見えないものとし、ミニゲームを何とか起動させた。
スマホのミニゲームは、視点が俯瞰で、ターン制の戦闘システムを採用している。一画面構成で、PCやmobはマス目単位で移動・配置されている。いわゆる、シミュレーションRPGに分類されるゲームシステムだ。
マップは選択できず、最終セーブの場所に依存している。つまり、現在の恭兵がいると思われる森が、表示される。
「よし、このまま、上手くいけば、渋顔を動かせるはず。……倒れたままじゃ、申し訳ないもんな」
今現在、渋顔は、マネキンのように、直立不動の体制で、顔面から倒れたままだ。
その横には、先生が警戒体制で立っている為、シュールな光景になっている。護衛対象が倒れているのに、助けないのはどうかと思うが、ゲーム上に無い動作は、出来ないのだろう。
スマホ上の渋顔をタップすると、仮想コントローラが表示されるので、渋顔を立たせる為に、少しだけ動かしてみる。
「おお! ちゃんと立ち上がった!」
恭兵は、倒してしまった負い目からか、立ち上がった渋顔に睨まれているように感じていた。……『倒れたまま、動いたら面白いな』と期待していたことも、睨まれていると感じる一因だ。
スマホに表示されるマップは渋顔の周辺が表示されている。どうやら最大縮小状態で、半径五十m位の範囲が表示されているようだ。
とりあえず、スマホで操作した時の渋顔の動きを確かめるため、マップの端まで、動かしてみることにしたのだが……。
「――ちょっ! うあァァァ!!」
恭兵は、完全に失念していたが、渋顔と恭兵は、赤い糸で繋がれている。
――ドサザザザッ
結果、今度は恭兵が顔面から、勢い良く、地面向かってダイブした。
「「…………」」
ヒリつく顔を上げると、渋顔と目が合う。心なしか『渋顔がニヤニヤして、自分を見ているような気がする……』と、被害妄想を抱いていた。実際の所は、渋顔は無表情のため、そんなことはない。
「……意趣返しですか!? そうなんですよね?!」
……どう考えても、恭兵の失敗なのだが、愉快犯のせいか、疑り深くなっている。……いや、自分の失敗の照れ隠しだろうか。
今回の結果から、渋顔メイン設定では、渋顔自身を操作することは、困難だと判明した。