049 城塞都市潜入(26)
焚き火にを満喫して、満足げな渋顔と先生は、テントで仮眠を取ろうと立ち上がる。
「では、あとは頼むぞ」
「り、了解です。……ま、任せて下さい」
いざ、一人になると思うと、緊張してくるものだ。どこか不安そうな表情を浮かべていた。
「そう、緊張するな。活動拠点でも、こちらをモニターしている。何かあれば、通信が入るから、俺達が出てくるまで、時間を稼げば良いだけだ」
恭兵の見張りはあくまで、対外向けの見張りだ。外で野宿するのに、誰も見張りに立っていないと不審に思われる。だが、これは、訓練も兼ねているので、その事は恭兵に、伝えられていない。
「寝なければ、何をしていても、大丈夫だ。小説を読んでもいいし、動画を見てもいい。まずは、リラックスしろ」
「は、はい」
渋顔の言葉を受け、リラックスするために、“小説”と“動画”のどちらを選ぶか思案していた。
(さすがに、スマホはまずいよなぁ。しかし、小説も動画も、ダウンロードなんだよなぁ)
少し、離れているとはいえ、ブロル達もいる。“スマホ”にどんな反応を示すか、想像できないため、躊躇していた。
(本なんて、持ってきてたかなぁ)
恭兵が、保管小袋の中身を思い出そうとしていると、活動拠点から通信が入る。
『……ラーベ3、こちらアルバトロ。貴様の持つ“携帯端末”と“スカウター”を連動することが出来るが、実行するか?』
(……“携帯端末”ってスマホのことか?! なんて、タイムリーな奴なんだ!)
異世界文字が読めない時も、スカウターの起動を促してくれたりと、何気に、困ったときは、活動拠点が解決策を提示してくれる。
『よ、宜しくお願いします』
返事をしてから、しばらくすると、スカウターが起動して、『FFー01Kと連動しますか?』とメッセージボックスが表示される。
迷わず、“YESボタン”を押すと、右上にスマホ型アイコンが表示された。アイコンをクリックすると、スマホ画面が表示される。
(これだと、誰にもバレずに動画も小説も読み放題だ)
早速、動画アプリを起動して、ダウンロードしてある映画を見ることにした。音声は、活動拠点との通信と同じで、脳内に直接伝達されているので、音漏れの心配も無い。
自宅の世界でも、実現していない、近未来的な動画鑑賞に、恭兵は興奮していた。
「次の特殊スキル解放時間は、四時半だ。忘れるなよ」
渋顔は、ドアのインターバルを忘れてそうだと思ったのか、忠告してくれる。
「り、了解です。アラーム設定しておきます!」
渋顔は、その返答を聞いて、満足そうに頷き、テントに向かって歩き出した。
***
――ピッピッピッピッ…………
「もう、こんな時間か……」
脳内に響き渡るアラーム音で、我に返り、辺りを見回す。空はまだ、薄暗い。焚き火の影がユラユラと地面に映し出されている。
結局、映画二本を見終わっても、禍獣が出現することは無かった。スカウターのレーダーにすら、表示されるなかったので、ブロルが言っていた通り、城塞都市周りには、近付かないのだろう。
「……どうしよう。移動しても大丈夫かなぁ?」
既に、開扉インターバルはゼロになっている。こっそりとドアを潜っても、異世界の時間は止まるので、誰にも迷惑はかからない。
懸念しているのは、ドアがブロルの護衛達に、視認できるのかだ。異世界住人の前では、出現させた事がない。
以前、渋顔に怒られた事も迷っている原因の一つだ。装備品一式を自宅に置いてきた時に、『勝手な判断はせずに、相談しろ』と言われている。別に、ドアを見られても困るような事は無いと思うが、落とし穴があるかもしれない。
現在時刻は四時半。流石に、起こすには、早すぎるだろう。寝起きが非常に悪い人種も、世の中には存在している。
「――てか、男女がテントで、二人きり……まさか!?」
慌てて、立ち上がり、テントに向けて、走り出す。
(渋顔め! 妙に、動画やら小説を薦めてくる訳だ! ……さては、活動拠点もグルか!)
辺りは、まだ薄暗い。本来なら、周りのキャンパーに気を使い、音を立てないことがマナーなのだが、『事態は急を要する。一刻の猶予もない!』と恭兵は、考えていた。
(ゆ、ゆ、ゆるさんぞ!! 先生は俺の嫁!)
ガバッとテントの入口を開け、鼻の穴全開で、飛び込んだ恭兵を出迎えてくれたのは、銃口だった。
「――お前醜穢、即死希望」
当たり前だが、彼等はプロ中のプロだ。そんな感情は、持ち合わせていない。また、仮にそのような行為があったとしても、あれだけ音を立てて近付けば、対応される。
両手をあげ、降参のポーズで、後退りながら、テントから出て行く恭兵に、渋顔が声をかける。
「おはよう。慌てていたが、なにかあったのか?」
そう思うのは、当然だ。まさか、『二人がけしからん事してるかも』と、思い込んで、慌てていたとは言えず、返答に詰まる。
「…………か、開扉インターバルになったんですが、ドアを出現させてもよいのか相談しに来ました」
「「…………」」
苦しい言い訳だった。恭兵自身も、これでは乗り切れないと、ばつの悪い顔をしている。少しの沈黙の後、渋顔が答える。
「それは、慌てて飛び込んでくる必要があるのか? ……まぁいい。ちゃんと相談しろと言ったからな」
真っ直ぐな渋顔は、恭兵の言い訳を鵜呑みにしたため、逆に、罪悪感に苛まれる。……もちろん、苛まれるだけで、白状はしない。恭兵は、スルーの常習犯のため、能力には表示されない“罪悪感耐性”を所持しているのだろう。
「で、なにが問題だと思っているんだ?」
「え、えっと、ドアを出現させて、ブロルさんの護衛に見られたら、不味いかもと考えました」
「恭兵以外には、見えないはずだろう?」
「多分。まだ、現地人の方には、見せていないので、確証はないのですが……」
渋顔は、難しい表情で、思案していた。その裏で、ほっとした表情の恭兵。
「それなら、今回は、このテントから、移動すればいい。検証は、街の中に入ってからで良いだろう」
渋顔の考えは、人通りの多い場所で、ドアを出現させ、反応を見れば良いということだった。仮に、現地人に見えたとしても、恭兵が出現させたと気付かれることはない。
「り、了解です。では、早速行ってきます。ついでに朝食を用意してきますが、なにかリクエストはありま――」
「「――カレーライス」」
渋顔と先生が見事にハモっていた。
「……了解です」
今日、揉めたばかりのカレーをリクエストされて、微妙な気持ちになる恭兵。『このままだと、毎日、作るハメになりそうだ』と思い、今後は、『リクエスト受付は辞めよう』と考えていた。
――ジャキッ
「要望、継続?」
ライフルを構えた先生からの物理的な圧力がかかる。先生の特殊スキル【羽織る至極色】には、恭兵限定の読心術が含まれているようだ。
その上、本来なら、たしなめる役割の渋顔が、止めもしなければ、注意すらしない。カレーの魅力は、キャンプギア並みらしい。
「――イ、イェッサー」
(……とにかく、多めに作っておこう。“第二次カレー事変”は、絶対に阻止しなければならない)
「で、では、行ってきます」
「ああ、ゆっくりしてこい。……カレーは忘れるなよ」
(こんなことになるなら、親友の話を、真面目に聞いてればよかったなぁ)
今後もカレーのリクエストが続きそうで、“カレーマニア”でもあった親友の顔が思い浮かんでいた。
もう会えないかも知れない親友のカレー談義やコーヒーの味を懐かしみながらドアを潜っていった。




