048 城塞都市潜入(25)
異世界に、“後悔先に立たず”という言葉があるのかは、わからない。いや、“好奇心は猫を殺す”が適切か……。
ブロルは、人生最大の危機を迎え、自分を問いただす。
(なんで、あんな事を口にしてしまったんだ……)
自分の野営地に向けて、今すぐにでも、走り出したいブロル。しかし、あまりに濃密な殺気を前に、動くことが出来ない。遠目に見える護衛達も、殺気に飲まれ、固まっているのが分かる。
(一歩でも動いたら、殺される……)
そんな、誰もが動けない状況で、まるで別世界の住人のように、声を掛ける人物がいる。
「え、えーと、駄目でしょうか?」
あまりに呑気な声に、思わず悪態をつきそうになる。だが、声を発すれば、殺される。
(こ、こいつ、正気なのか!? どう考えても駄目だろ!!)
沈黙が辺りを支配する。唯一、動くのは、焚き火に照らされて躍る影と、頬をかく呑気な男のみ。
パチパチと、焚き火の弾ける音が聞こえる度に、体全体が痺れるような恐怖を感じる。背中は汗でヒンヤリと冷たい。目を動かすことすら、ままならない、今までの人生で、潜ってきた死線など児戯に等しいと思える殺気にさらされ続けていた。
(……増長していたのか……。パーカーは、ちゃんと忠告していた……この殺気では、いくらパーカーでも、動けないだろう……)
ブロルは、ここが自分の死に場所だと、覚悟していた。想像していた死に際とは違うが、『これも人生か……』と諦めかけたとき……。
「………………好きにしろ」
目の前の死神から、生存許可が下りた。
(た、助かったのか。…………いや、まだだ。この場から、一刻も早く、退避しなければ……)
そんなにブロルの考えを嘲笑うかのように、困り顔の恭兵が、席を勧めてくる。
「あ、ありがとうございます。ブロルさん、こ、こちらにどうぞ……」
思い出されるのは、自分の言葉。『彼は、お人好しだから』と、自分なら上手く扱えるという驕り。
(こ、この状況で、席を勧めてくるなんて、お人好しを通り越して、悪魔だろ!)
もちろん、ブロルに断る選択肢などない。
「お、お邪魔させて頂きます……」
異世界に“結構は阿呆のうち”という言葉があるのかは、わからない、いや、“過ちは好む所にあり”が適切か……。
***
気まずい雰囲気のまま、ブロルが自陣に戻り、焚き火の周りには、いつもの三人が、座っていた。しかし、いつもの雰囲気ではなく、ピリピリとした空気が、場を支配していた。発生源は、渋顔からだ。
その雰囲気に、耐えられなくなった恭兵が、声を上げる。
「な、なにか気に障る事がありましたか?」
「……いや、特に無い。気にするな」
気にするなと言われても、この空気では、気にしない方がおかしい。
「す、すみません。勝手に呼び込んじゃて……」
正直、先生は、嫌がるかも知れないと考えることは出来ても、渋顔が、ここまで拒絶反応を出すとは、考えていなかった。
(ひょっとしたら、ブロルさんには、なにか裏の顔があるのか? 確かに鋭い目をするときがあったしなぁ)
「な、なるほど。考えが足りませんでした。ブロルさんには、裏の顔があるんですね?」
一人で納得がいった表情の恭兵を、気まずそうな顔で、渋顔が見つめている。
「……ああ、いや、なんと言えばいいか……。そう言う訳では、無いんだ……」
「…………」
歯切れの悪い渋顔が、少しの沈黙の後、勢い良く、頭を下げ出した。
「すまんッ!! 今回の件は、全て、俺が悪いんだ! 許してくれッ!」
突然の謝罪に、恭兵は慌てふためく。
「え、え、え、な、なんで謝るんですか!」
「ブロルに、裏の顔があるかは、知らん。……ただ、俺は、人と話すことが……苦手なんだ……」
「「…………」」
予想外の告白に、恭兵は、固まる。今まで、恭兵や先生に対して、完璧超人な対応だった為、想像もしていなかった。
「赤の他人と話そうとすると、緊張して、殺気が出てしまうんだよ」
なるほど、殺気を振り撒いていたから、グラ爺に、首を狙われたり、ツインテールの護衛達に、禍獣認定されたりしたのだろう。元々のGGFでは、そんな設定は無かったはずだが……。
「な、成る程。だから、ブロルさんと目も合わせなかったんですね……」
「ああ、目なんて合わせたら、気絶させてしまうからな」
(苦手のレベルが、高すぎない? 目を合わせるだけで、気絶させられる殺気を放つなんて……あれ? そうなると、私達のパーティーで、喋れるの私だけじゃない?)
先生は、渋顔以外とは、会話する気が、そもそも無い。渋顔は、他人を見ると殺気を放つ……。今後の交渉事は、恭兵の担当になるようだ。
「わ、分かりました。今後は私が、表立って対応しますので、ハイラントさんは、今まで通り、殺気を抑える努力をお願いします」
「了解だ。迷惑をかけるが、宜しく頼む」
そう言って、渋顔が右手を差し出してくる。恭兵も、それに応じるように、右手を差し出した。
「お、お互い様ですよ。代わりに、戦闘の立ち回り指導、お願いしますよ」
「ああ、それは得意だ。任せておけ」
二人は硬く握手を交わし、お互いがお互いを補填し合う約束を交わした。




