047 城塞都市潜入(23)
「も、戻りました」
「おかえり。ちゃんと休めたか?」
渋顔にとっては、一秒にも満たない時間だろうが、“おかえり”と迎えてくる。恭兵にとって、独り暮らしを始めてから、永らく聞いてない言葉だ。少し嬉しく感じていた。
「は、はい。見張り準備万端です!」
渋顔の期待に、少しでも応えようと、リアクションが大きくなる。アメとムチ……これが調教という奴だろう。
「ああ、任せたぞ」
「は、はい!」
返答に満足した渋顔は、焚き火に向かって歩き出した。その後を恭兵が嬉しそうに着いていく。
「ところで、そろそろ炎が元に戻りそうなのだが、もう一度、虹色に変えてくれないか?」
「……まだ、在庫があれば、いいですよ」
今まで感動を帳消しにする発言に、残念な物を見る目の恭兵は、『まだ、在庫あったかなぁ?』と保管小袋の中身に、思いを馳せていた。
***
三人で焚き火を見詰めていると、先ほど、ヘエル草を譲ってくれたブロルが、小走りで近付いてくることに気が付いた。恭兵は、慌てて立ち上がり、同じように、小走りで駆けより、声をかけた。
「こ、こんばんは。どうかなさいましたか? ……あっ! すみません! 煙がそちらまで、流れてしまいましたか?」
現実世界で、焚き火をするときは、なるべく煙が少なくなるように、しっかりと燃やし、周りのキャンパーに、煙が行かないように、風向きに配慮している。
異世界でも、同じく煙を少なくし、ブロル達の方に、煙が行かないように配慮していたつもりだったが、所詮、現代人の浅知恵だ。
(リアル野宿のプロであるブロルさんにとっては、不快だったのかもしれないなぁ)
すぐさま謝った恭兵に対して、ブロルは首を大きく振って否定する。
「違いますよ! そんなことは、気にしないです。謝らないで下さい!」
そのブロルの姿を見て、恭兵は“真面目でいいキャンパーだ”などと、どうでも良いことを考えていた。実際、風向きなんて直ぐに変わる。どんなに注意しても、どうにもならない時もある。そんな時に、大きな心で、許せるキャンパーでありたいと恭兵は常々、心掛けている。
「それよりも、不躾な質問で申し訳ないのですが、この焚き火をしている器やあの天幕は、どこで手にいれたのですか?」
さすがは、商人。どうやらキャンプギアに興味津々のようだ。
(これは、異世界の現金獲得チャンスか?)
「変わっているのでしょうか? 気が付いたら持っていたものなんですが……」
(嘘も方便というよね。グラ爺みたいにマニアかもしれないし……)
「変わっているどころか、これらは、魔法具ですよね?! ……いや、魔導具か?!」
「「………………」」
「いや、気付いていなかったのですか?! 普通こんなもの持てるのは、貴族位ですよ?」
ブロルの表情が、呆れた顔なのか、驚きの顔なのか……。判断はつかないが、とにかく興奮していることは分かる。
「ち、ちなみに魔法具とか魔導具は、クリスタルのことですよね?」
恭兵の知っている魔法関係の道具は、クリスタルだけだ。同じ認識なのか確認している。
「ええ、クリスタルも魔導具です。魂脈との接続可能な媒介のことを魔法発動体と言います。魔法発動体の種類として、魔法具と魔導具が有り、違いは消耗品かどうかです」
「一応、これは消耗品ですよ。使っていたら経年劣化もしますし……多分」
自宅では、テントや焚き火台も、いつかは壊れる。形ある物は、皆そうだ。それを消耗品と呼ばないと思うが、異世界の認識が違う可能性があるので、探りを入れてみる。
「いや、それは当たり前です。消耗品である魔法具は、使えて精々三回が限度です。これ、何回も使えますよね?」
「え、ええ。そりゃ、その程度で、壊れたら不良品ですよ。即、苦情を入れますね」
“そんなキャンプ道具は、許せない”と恭兵の中で怒りが湧き上がる。『安物買いの銭失い』キャンパーならば、何度も経験することだ。
「……“誰”に苦情を入れるのか気になりますね」
ブロルの眼が、鋭く細められる。
「い、いや、気持ちの話ですよ。ハハハ……」
(ブロルさんは、時々、怖い顔するよなぁ)
ブロルの目利きが間違いないのであれば、テントや焚き火台は、魂脈に接続が出来るということになる。
(てか、繋がったら、何がいいんだ?)
「宜しければ、詳しく鑑定してみませんか? 明日、私の店に同行して頂ければ、鑑定しますよ?」
ブロルが、魅力的な提案をしてくる。キャンプギアの異世界での性能が判明する上、城塞都市の門を潜る時の心強い案内人も、得ることが出来る一石二鳥な提案だ。
「そ、それは、助かります。ご迷惑でなければ、宜しくお願いします」
この提案を断る理由などない。きっとブロルは、一流の商売人なのだろう。こちらが求めるものを提供してくれる。
「では、また明日……と言いたいのですが、あの炎は何ですか?」
目聡く、カラフル焚き火を指摘してきた。
「あ、ああ。あれは“炎色反応”を利用しただけのものですよ」
「“エンショクハンノウ”??」
異世界では、馴染みのない言葉のようだ。ブロルは、初めて聞く言葉に興味津々の様子。
「え、えーと。専門家じゃないので、詳しくないのですが、粉末状の金属や塩などを炎に入れると、炎の色が変わるんです。私の記憶の中では、それを“炎色反応”と呼んでます」
科学的な話が、得意では無いので、スマホで調べようかとも考えたが、ブロルの前でスマホを出すのは、面倒な事になりそうなので、自身のうろ覚え知識で、対応することにした。
「綺麗ですねぇ。少し、鑑賞させて頂いてもいいですか?」
「え、ええ、大丈夫ですよ。ねぇ、ハイラントさん?」
話の流れで、一緒に鑑賞する感じになったが、問題ないだろうと、恭兵の後ろで、焚き火に夢中になっている渋顔に、確認をとる。
「…………」
沈黙が流れる。返事がないどころか、こちらに見向きもしない。
「……ハ、ハイラントさん? 聞こえてます?」
「…………」
相変わらず、こちらに見向きもしない。代わりに“話しかけたら殺す”オーラが放出され始める。途端に、離れた場所にいたブロルの護衛達が、一斉に動き出す。警戒態勢を取る者、あまりの殺気に尻餅をつく者など、様々な反応があった。
それほどまでの殺気を出しているにも関わらず、恭兵は、呑気に会話を続けようとしている。恭兵に向けられた殺気ではないため、感じられないのか、そもそも、一般人の恭兵には、感じる事ができなきのかは、定かではない。
「え、えーと、駄目でしょうか?」
しばらく、沈黙が辺りを包み、パチパチと、焚き火の弾ける音だけが、その場に流れていた。
「………………好きにしろ」
沈黙を破ったのは、渋顔なのだが、決して、恭兵とブロルを見ようとしない。
「あ、ありがとうございます。ブロルさん、こ、こちらにどうぞ……」
恭兵は、いつもの“上司にしたいNo.1”の渋顔との違いに首をひねりながらも、ブロルを焚き火の近くに案内する。
「お、お邪魔させて頂きます……」
ブロルは、案内にしたがい、焚き火の近くに移動したが、気まずい雰囲気が辺りを支配していた……。




