045 城塞都市潜入(21)
一悶着はあったが、無事に設営も終わり、開扉インターバルは、残り三十分。渋顔と先生は、焚き火に、釘付けになっていた。
原因は、ヘエル草を焚き火に入れる時に、先生の点数を稼ごうと、焚き火をオーロラのように変える【ファイヤーカラー】という焚き火アイテムも一緒に投入したからだ。
“炎色反応”という現象を利用した商品で、約三十分間、焚き火の炎が“虹色”になる。渋顔と先生は、この炎が気に入ったようで、焚き火台から離れようとせず、話しかけても、邪険にされる。
そのため、微妙な空き時間が発生したので、夜食を作ることにした。時間は残り三十分と短い為、恭兵の料理スキルでは、凝った料理は作れない。
「……時短料理といえば、パスタだな」
キャンプでパスタは、非常に重宝する。長期保存ができ、嵩張らず、持ち運びが楽。料理が不得意でも、市販のソースと混ぜるだけで、誰でも美味しいパスタを作ることができる。その上、短時間で調理できるとなれば、“キャンプの為に生み出された料理”と言っても、良いのではないだろうか。
キャンプで、パスタを茹でるおすすめの手順は、パスタ100グラムに対して、400から500ml程度の水をフライパンに入れて、かき混ぜながら、水が無くなるまで、火にかける。そうすると、湯切りが不要になり、そのままソースを絡めれば、パスタの出来上がりだ。この方法だと、フライパン一つで作れるので、後片付けが楽になる。
「や、夜食、出来ました。こっちで食べませんか?」
手早くパスタを作り、渋顔達に声をかけるが、反応がない。二人にとっては、“団子より花”が優先されるようだ。
「や、夜食は、パスタなんで、伸びちゃいますよ!」
もう一度、少し強めの口調で、声をかけると、渋々と言った表情で、恭兵の元に歩いてきた。
「……ありがとう。だが、向こうで食べるぞ」
渋顔は、まだ焚き火を見ていたようだ。……その言動に、『同意』とばかりに、先生が大きく頷いている。
「……ち、ちゃんと食べて頂ければ、何処で食べてもいいです」
恭兵は、呆れた表情をしつつも、提案を受け入れ、パスタが盛られた皿を手渡した。
(子供を持つ親の気持ちって、こんな感じなのかなぁ)
普段の渋顔は、恭兵の何倍も大人なのだが、キャンプギアの事になると幼児返りする。恐るべきは、キャンプギアである。
結局、恭兵を含めた三人は、パスタを口にしながら、刻一刻と変化する焚き火の色に、心を癒されていた。
***
「では、行ってきます」
夜食を食べ、焚き火も堪能した恭兵は、大満足で、自宅に戻ることにした。
「ああ、今回はちゃんと開扉インターバルをチェックするんだぞ」
渋顔は、焚き火に心を奪われていても、仕事はちゃんとするタイプのようだ。
「……は、はい」
「忘れていたな?」
「…………は、はい」
恭兵は、渋顔相手に、誤魔化すことは、悪手だと学んでいる。……いや、これはもう調教されていると言った方がしっくりくる。渋顔に見送られながら、自宅に繋がるドアを潜った。
***
ドアを潜った先の倉庫には、ズラリと棚が並び、キャンプギアに囲まれた空間が広がっている。
「渋顔が見たら、興奮するんだろうなぁ」
そんなことを考えながら、現実世界では、再現が難しいこの空間に浸っていると……
――チンッ
突然、聞き慣れた音が、恭兵の耳に飛び込んできた。音に導かれ、視線を向けると、メンテナンス中のエレベーターのドアがゆっくりと開いていく。
「なッ! エレベーターが動いた?!」
恭兵は、エレベーターから距離を取るため、後ろに飛びのき、背中の防弾盾を構え、警戒態勢に入った。渋顔に鍛えられたお陰で、不意の事態にも、見事に対応してみせる。
しばらく、『何か出てくるかも……』という緊張感の中、警戒しながら、エレベーターを凝視していた。
「……………………」
口内が乾き切る程度の時間が流れる。跳ね上がっていた心臓の鼓動も、徐々に落ち着いてきていたが、何か起こる気配はない。
恭兵は、防弾盾を構えたまま、ゆっくりとエレベーターに近付いていく。
「……誰も乗っていないのか」
無人のエレベーター内をあちこち見回して、不審な点がないか確認してみる。ホラー映画なら、油断した時にエレベーターの天井や壁からモンスターが飛び出してくる。油断は禁物だ。
「あれ? こんな表示だったか?」
普段、エレベーターをしっかりと見る機会は少ないが、明らかにおかしいと思える箇所があった。エレベーターの階数表示だ。『1』や『1F』と表示されるのが、一般的だが、目の前のエレベーターでは、『Lv1』と表示されている。
「――これが、レベルアップの効果か?」
エレベーター内の行き先階ボタンを見ると『Lv7』までボタンがある。試しに『Lv7』を押してみても、反応はない。当然といえば、当然だ。
今度は、『Lv2』のボタンを押してみると、ちゃんと反応があり、ボタンが点灯した。
少しすると、エレベーターのドアがゆっくりと閉まっていく。見慣れた光景のはずだが、どこか新鮮な気持ちになっていた。エレベーターが動き出すと、独特の浮遊感が、恭兵を心地よくさせる。
――チンッ
軽快な高音域の到着音が鳴る。僅か、一階層分の上昇だ。すぐに到着する。独特の浮遊感に、名残惜しさを感じながらも、次に出会うであろう未知の風景に心を躍らせていた。
そんな恭兵を焦らすように、『Lv2』に向かうエレベーターのドアは、ゆっくりと開いていった。




