041 城塞都市潜入(17)
“大禍時”も終盤を迎え、僅かに残っていた夕焼けは、藍色から濃紺へと変わり、闇夜が辺りを覆った頃、恭兵達は、狙撃ポイントの到着していた。
「ハァ、ハァ、ハァ――」
「大丈夫か? 少し、休んでろ」
「ハァ、ハァ、あ、有り難う、ハァ、ハァ、ございます」
(全力疾走など何年ぶりだろう)
余程の運動好きでなければ、社会人になると全力疾走なんてする機会は少ない。恭兵は、一応ジムに通ってはいたが、有酸素運動はもっぱら、サイクリングかウォーキングだった。
(体力作りが必要だなぁ)
恭兵は、息が上がりながらも、チラリと渋顔を見た。既に狙撃ライフルを構えて、標的を捕らえている渋顔は、息一つ切れていなかった。
(渋顔は凄いな。同じ人間とは思えない……)
その隣には、先生も狙撃ライフルを構えているのだが、もちろん、息など切れていない。しかし、『先生は、天元突破のクールビューティだから』と恭兵の中では、除外されていた。
「チッ! どうやら敵は、禍獣じゃないな。シュティル、制圧を開始するぞ!」
――コクッ
渋顔の言葉を合図に、狙撃が開始された。約1.五キロ離れた丘陵からの撃ち下ろし。
(こんな距離からでも、当てられるのか……)
恭兵は、AR補助で、標的を見ていた。渋顔により、一人目の敵が、寸分違わぬヘッドショットで、馬上から排除される。やられた敵は、なにが起こっているのか分かっていないだろう。
(暗闇の上、この高台からの狙撃じゃ、しょうが無いよな)
***
時は戻り、恭兵達が狙撃ポイントに着く二分前……。
闇夜の荒野を一台の馬車と並走する四人の騎兵が、ランタンの灯りを頼りにして、走り抜けていた。
その馬車のすぐ後ろを複数の騎馬が、追い立てている。
「まだ、着かないのか!?」
馬車と並走している騎士風の男が、怒鳴り声を上げる。肩には、折れた矢が刺さっていた。
「も、もう少しで、レーベルクに着きます!」
必死の形相で、馬車を操る御者が答える。
「このままだと馬が保たないぞ!」
馬車を引いている馬も御者以上に、必死の形相を浮かべていた。いつ限界を迎えても、おかしくはない。
――ビュン
次の瞬間、馬の足に矢が刺さり、倒れ込む。つられて馬車も横転してしまう。
「お、お嬢様ッ! 大丈夫ですか!?」
騎士風の男が馬車に駆け寄り、声を張り上げる。
「お嬢様は、御無事です」
馬車の中から、涼しい声の誰かが答える。
「よし! 全員戦闘態勢! 迎え撃つぞ!」
「「「オウ!」」」
馬車と並走していた騎士風の男と他三名が、横転した馬車を背に、各々の武器を手に取り、戦闘態勢を取る。
「――追っかけっこは、もう終わりか?」
馬車を追い立てていた騎馬集団が追いつき、その内の一人が、ニヤニヤと声をかけてくる。恐らく、この集団のリーダーなのだろう。
「貴様! 何処の部隊だ!」
騎士風の男が声を荒立てる。
「フッフッフッ、俺達は野盗だぞ? 部隊とは、なんのことかなぁ?」
相変わらず、ニヤついた顔で、野盗リーダーが答える。
「ふざけるな! こんな練度の野盗などいるものか! 自分の部隊を偽るなど、騎士の風上にも置けん!」
苛立ちを隠せない騎士風の男が、更に声を荒げる。
「知ったことか、現実にいるのだから、仕方ないよなぁ、フッフッフッ――」
「――隊ちょ、……お頭。あまり時間をかけると他の部隊が、来るかもしれません」
野盗リーダーの横にいる男が、騎士風の男と野盗リーダーの会話に割り込む。一応、お頭と呼んではいるが、不慣れな感じが伝わる。
「――そうだな。そろそろ行かしてもらうぞ」
野盗リーダーが、そう言葉を発した瞬間、辺りを緊張感が支配していく。人数的に、騎士風の男の陣営が圧倒的に不利だ。
しかし、緊張しているのは野盗達で、どこから攻めて良いのか、迷っているように思えた。そんな中、野盗のリーダーが声を発した。
「【ロロ ・ ヴェルレー】は俺が抑える! お前らは、他を各個撃破しろ!」
その瞬間、緊張から解放されたように、野盗達の表示が色を帯びる。
「はっ! 笑わせるな! 一人で抑えられるとでも? やれるものならやってみろ!!」
騎士風の男【ロロ ・ ヴェルレー】が、気勢を上げる。しかし、片腕はダラリと力なく下がっている
「片腕で、よく吠える! こちらを甘くみ――」
――ドサッ
野盗のリーダーが【ロロ ・ ヴェルレー】を抑える為に、動き出した瞬間、馬上から転げ落ちた。
「「「「「…………………………」」」」」
全員の視線が野盗のリーダーに注がれる。状況が理解できず、その場にいる全員の思考が止まっていた。戦場となっていた荒野に一瞬の空白が生まれる。
――ドサッ、ドサッ、ドサッ、ドサッ……
誰もが思考の戻らない中、野盗達が次々と倒れていく。【ロロ ・ ヴェルレー】と他三名の思考が戻った頃には、全てが終わっていた。
「…………なにが起こったんだ…………」
【ロロ ・ ヴェルレー】の小さな呟きは、闇夜に溶けていった。
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