040 城塞都市潜入(16)
恭兵にとっては、どうでも良い『第一次カレー事変』が一段落したのは、十七時半頃。
不毛な争いを繰り広げている渋顔達を横目に、キッチンや椅子などの片付けを終え、一息ついていた。
「……よし、移動を開始する」
先程まで熱い討論は、どこへやら。渋顔は、何食わぬ顔で、ひとまとめにされた荷物を保管小袋に収納し、今後の指示を飛ばす。
「ここからは夜間戦闘だ。より、視界が制限される。だが、防弾盾の練習は続けるぞ。いいな?」
「は、はい!」
「特殊スキルのレベルアップの影響が無いとは言い切れない。何か違和感があれば、すぐに報告しろ。いいな?」
「い、イエッサー!」
「シュティルも、その点に注意してフォロー。いいな?」
――コクッ
流石はプロ同士。プライベートは、一切持ち込まず、淡々と準備を整えていく。
(普段は、完璧超人なのになぁ。カレーの執着が凄すぎないか?)
歴史的には、“コショウ一粒が、黄金と同等”などと言われ、スパイス戦争が勃発した時代もあった。いつの時代でも、スパイスは、人を狂わせる力があるのかもしれない。
***
複雑な思いを、抱えながら、出発したのは、いわゆる“大禍時”と言われる時間帯。肉眼からスカウターのAR補助に切り替わるギリギリの時間帯で、禍獣に襲われた。
戦闘中に切り替わったので、なんとか対応できたが、AR補助のない一般人には、かなり危険な時間帯だろう。
(ひょっとしたら、これからは、禍獣の出現率も高まるのかもしれないなぁ)
某有名RPGでは、夜間は敵とのエンカウント率が上昇する。ゲームだから、そういう物だと考えられるが、現実世界に置き換えると、灯りのない夜間だと、禍獣の接近に気付けないのだろう。禍獣も、本能的にそれを理解して夜間は、活動が活発化する可能性もある。
幸い、恭兵にはAR補助があるので、月明かり程度の灯りでも、昼間と変わらない視界が確保出来る。不意を突かれることは無い。
「大分、様になってきたな。防弾盾越しの射撃も上手くなったが、油断は禁物だぞ」
「は、はい! 有り難うございます」
能力を得てからは、禍獣に対する恐怖心が薄れた為、恭兵が思っていた以上に、上手く立ち回る事が出来ていた。
(視点がいつも通りなのが良かったのかな? 射撃は、能力のお陰かな?)
GGFでは、FPSとTPSの切り替えが可能だったのだが、恭兵は殆どFPSで、プレイしていた。
その為、防弾盾越しに見る風景がGGF画面と同じように感じていた。
もちろん、コントローラーと生身では、操作方法がまったく違うのだが、不思議と体が思ったように動くし、防弾盾越しの射撃は、命中率が上がっている感覚があった。
「よし、次からは、二匹に対応してもらうぞ!」
「ちょ、ちょっと、それは――」
「――行くぞ!」
渋顔は、反論しようとする恭兵を手で制して、草むらから出てきた禍獣に、視線を集中していた。
(やっぱり、鬼軍曹だーー!)
***
禍獣二匹を相手でも、上手く捌けるようになってきた頃、村を出発してから、約七時間が経過していた。GGF上では、約八時間で城塞都市に到着した。『第一次カレー事変』という無駄な時間があったので、あと二時間位で到着するはずだ。
(そろそろ、ツインテールお嬢様の救出イベントのはずだよなぁ)
そう予想していた矢先、活動拠点から、連絡が入る。
『……ラーベ1、こちらアルバトロ。その先で、民間人が襲われている。救出するか、判断は任せる』
『了解』
「――聞いたか? 今から民間人の救出に向かうぞ!」
渋顔は、迷うこと無く、救出することを選択した。
「今回は、遠距離狙撃で制圧していく。恭兵は、俺の横で、周囲の警戒だ」
「は、はい!」
「シュティルは先行して、狙撃ポイントの確保。今回は恭兵の分は、考える必要はない。敵は全て殲滅だ」
――コクッ
頷いた先生は、特殊スキル【羽織る至極色】を発動し、黒い粒子の尾を引きながら、移動を開始した。
恭兵と渋顔は、先生の黒い粒子の尾を追いかけるように、マップ表示された地点に向かって、走り出した。
(……初めての対人戦か。出来るのか?)
恭兵は、不安な気持ちを隠すように、渋顔の後ろを引き離されないように、全力疾走していた。




