004 裏世界っぽい?(4)
気持ちいい日差しが木々の隙間から差し込む中、しばらく、渋顔達を観察してみたが、動く気配はない。
「……暇だし、コーヒーでも入れますか」
未だ、状況の理解は、出来ていないが、いつも通りの行動は大事だ。こんな非現実的な状況なら尚更だ。
恭兵は、背負い袋から、パリノックスの椅子と|テーブル《タクティクステーブルM》を取り出して組み立て始めた。
この椅子が発売された時、恭兵は、『何じゃこりゃ!? ちゃんと座れるのか?』と半信半疑だったが、座ると不思議と心地よい椅子だった。
恭兵の所有しているタイプの椅子は、ハイバックの為、1.18㎏とやや重たいが、このシリーズの一番軽量なタイプだと510gになる。余りにも軽すぎて、風で簡単に飛ばされるため、ペグで固定することもあるほどだ。
恭兵が、やや重たいハイバックタイプを選んだ理由は、オプション品を装着する事で、ロッキングチェアになるからだ。そうする事で、足が地面に埋まりづらくなるし、前屈みでも、倒れづらくなる。なにより、優雅な気分に浸れるので、気に入っている。
椅子とテーブルの組み立てが終わると、コーヒーの準備に取り掛かる。
まずは、親友に、おすすめされた豆をポーラルのコーヒーミルで挽く。熱を持ちにくいセラミック刃で細かい調整が出来る上、コンパクト且つ、分解出来てメンテナンス性も高いため、人気のコーヒーミルだ。
挽いた豆を最近のマイブームである“エアプレ”で抽出する。空気の力で短時間に抽出でき、ほとんどのコーヒーかすが、フィルターによって固められるので、後片付けが非常に簡単だ。『キャンプでは、後片付けが楽なのは、正義』が、恭兵のキャンプ格言の一つのため、まさにうってつけの抽出機だ。
(……まぁ、コーヒー関係は、全部親友の受け売りだけどな)
恭兵は、コーヒーの違いが、わからない男だ。インスタントコーヒーで十分なのだが、熟れた感じを出すために、親友に頼み込んで、指南してもらった。
こうして、現実逃避をしている間も、渋顔と先生は、動く気配がない。やはり、操作しないと動かないのだろう。
「やっぱり、カウンターが0になるまで、待つしか無いなぁ」
恭兵は、コーヒーを片手に、場違いなロッキングチェアに揺られながら、心地の良い日差しを浴び、優雅な気分に浸っていた。
***
コーヒーを飲んで、一息ついたところで、現状の持ち物で、武器になりそうな物を考えていた。
まず、武器になりそうな物で思い浮かんだのは、焚き火用の薪割りに使用するアクスバーナの手斧38㎝。これぞ“斧”というビジュアルで、性能や重さは度外視して、購入した逸品だ。
次に、思い浮かんだのは、バトニング用ナイフで、カイバーのBK2。刃厚が7mm近くに達し、426gという重いナイフで、“野獣”と評されるナイフだ。これも、性能や重さは度外視した逸品だ。
最後に思い浮かんだのは、ペグ用ハンマー。これは、ホームセンターで売ってる石頭ハンマー1.1㎏で、ソリステも一撃で、打ち込めるコスパ最高の逸品。……そもそも、建築系ハンマーだが、下手なキャンプ用ハンマーより、使い勝手が良いハンマーだ。
これだけあれば、アクション映画の主人公なら敵を倒せるのだろうが、残念ながら、恭兵はただの一般人。近接戦闘で、敵と戦う事は困難だ。今までの武器候補は、あくまで“護身”用だ。
そうなると、やはり見つからないように、隠密行動をするしかないのだか、恭兵には、そんな技能も知識もない。
「これは、Go○gle先生の出番だなぁ」
スマホ世代の恭兵にとっては、『分からない事は、即ググる』が体に染みついている。早速、ポケットからスマホを取り出し、検索することにした。
現代社会で№1の依存性をもつ魔性の板。下手なドラッグなんて目じゃない程に、依存者を量産している。この世は魔性の板依存者で溢れてる。
「…………なぜ今までスマホを見なかったのか?」
もれなく、スマホに依存している恭兵。こんな状況になったら、最初にスマホで警察に助けを求めるはずだ。それが、“隠密行動のコツ”を調べようとするまで思い付かなかった。
「自分が思っているより、混乱していたのかなぁ?」
自分の行動に違和感を感じながらも、警察に連絡してみることにしたのだが……。
「…………電波ないよね」
ここは、どこかも分からない森だ。電波が無いこともあるだろう。電波が入らないのであれば、日本ではない可能性が出てきた。
「GPSすらないや……」
……どうやら、地球上でもない可能性が、出てきたようだ。
「…………なにが魔性の板だよっ!電波なければ、ただの光る板だよ!」
恭兵は、理不尽な怒りをスマホにぶつけていた。実際、スマホの存在に気付いた時に、何となく予感はあった。しかし、それが現実になると予感があっても、怒りが沸いてきたのだった。
「くっ! やはり、あのドアにすべてを賭けるしかないのか!」
恭兵の運命は、あのドアが開くかどうかにかかっている。少し離れた、開かない“ドア”の事を思い浮かべて、不安になっていた。
「…………いや、確かに“ドア”を思い浮かべましたけども」
突然、思い浮かべた“ドア”が、恭兵の目の前に生えてきた。どうやら、念じると目の前に生える仕様のドアらしい。
「――あれ? WiーFi入ってる!?」
何気なく、手に持ったスマホを見たところ、自宅のWiーFiが入っていた。ワンフロアに一世帯だったため、階段の隣は恭兵の自宅。つまり、ドアの近くは、ギリギリ届く範囲だったようだ。
「……出来る奴じゃないか!」
先ほどまでの辛辣な態度から一変して、ドアを褒めている。早速、警察に連絡しようとしたのだが……。
「何で? 電話が使えない! メールもダメ、書き込みもダメか……」
こちらから、何かを発信する事は出来なかった。GPSが無いため、マップも表示されない。しかし、検索や音楽などの受信は出来るようだった。
ふっとそこで、あるアプリの存在を思い出し、起動させてみた。
「おお! ちゃんと起動できてる!」
恭兵が日課にしていたスパイゲームは、ゲームをしていない時は、他のプレーヤーに自キャラを貸し出し、パーティーに入れてもらう事で、素材や経験値を得ることが出来るシステムがあった。
今回起動したアプリは、その際の貸出条件や装備変更・ステータス確認・マップ表示などの情報をスマホで管理する事が出来るアプリだ。また、このアプリ専用のミニゲームも、スマホで楽しめたりする。
そんなアプリを起動して、最初の画面に表示がされたのは……。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『◆ハイラント』
『◆岩河 恭兵』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「いや、本名表示かよっ! ヴァイスとかシュヴァルツとかにしてくれよ!! 最低でも名前だけで、ローマ字表記だろ!? 個人情報って大事だよ! フルネームはなしでしょうよ!」
激しく怒りを顕わにしているが、問題はそこじゃない。登録した覚えのない恭兵の名前が映し出されている事が問題だった。
恭兵自身も、薄々はそうじゃないかと思っていたが、確定した瞬間だった。
ここは、恭兵がプレイしていた、GGFの世界だ。