039 城塞都市潜入(15)
「ただいま戻りました」
ドアを潜ると、『ああ、ゆっくりと休んでこい』と言った時のまま、止まっていた渋顔が動き出す。
「……やはり、不思議な感じだな。一瞬、消えただけにしか感じない」
恭兵にとっては、約四時間ぶりだか、渋顔達にとっては、一秒よりも短い時間だ。
「ちょっと早いですけど、夕食作ってきたので食べませんか?」
渋顔達は、朝食が遅かったせいか、昼食は取っていなかった。恭兵自身は、自宅で、おやつを食べているので、そこまで空腹ではない。
「ありがたい。よし、テーブルと椅子を準備しようか!」
そう言うと、渋顔は、顔を綻ばせ、テーブルと椅子を取り出し、準備を始めた。キャンプギアが“ようやく使える”といった感じだ。
「もうワンセット、欲しいですか?」
その姿を見て、何かシンパシーを感じた恭兵は、キャンプギアの追加を提案してみた。すると、ピタリと渋顔の動きが止まる。
「…………いいのか?」
“ゴクリと喉がなる”と言う表現がピッタリな表情を浮かべる渋顔。
(どんだけ、キャンプギアを気に入っているんだ!)
「……え、ええ、戻る度に増やせますから。何なら、全員分お渡ししましょうか?」
あまりのハマり具合に、若干、ひきつつも、更なる沼に、引きずり込む提案をしてみる。
「な、なに!? 本当か?! ならば、場所の準備は、任せてもらおう!」
渋顔が満面の笑みを浮かべて、握手を求めてくる。渋いオヤジのこんな笑顔は中々見れない。
(フフフッ、完全にハマったな。これで異世界で、キャンプが出来るな)
恭兵は、腹黒い考えで、固い握手を交わし、追加で、キャンプギア一式を渡していく。
「では、こちらの準備はお任せします」
食事場所の準備を渋顔に任せて、キッチンの準備に取り掛かる。
今回はしっかりとしたキッチンテーブルを準備している。準備したのは、アンウェーの“スリムキッチンテーブル”。キャンプ用では珍しく、高さがある調理がしやすいカウンターテーブルで、天板がロール式のため、嵩張らない。
今回は、特に調理する予定はないのだが、カレーは、自分でよそってもらうので、取りやすいように準備している。
恭兵が、キッチンテーブルを組み立ていると、背後から、熱い視線が注がれている気がした。振り返ると、渋顔と目が合った。
「……組み立ててみます?」
「いいのかッ!」
なるほど、渋顔はギミック系が、お好きなようだ。もちろん、キッチンテーブルもプレゼントとなった。
***
西の空には、夕日の光が少し残っている。そろそろ、夕闇が降りてきて、辺りは暗くなる。
そんな中、おかわりのカレーライスを食べている時に、渋顔が、“とんでもない事”を聞いてきた。
「そう言えば、特殊スキルはレベルアップしたのか?」
「「…………」」
ドアを潜った訳でもないのに、世界の時間が止まったかのように、二人の間を沈黙が支配していく。
「……まさか、忘れていたのか?」
「――そ、そ、そんな訳ないじゃないですか! ご、ご飯を食べた後に確認する予定でしたよ。ええ、楽しみは、最後に取っておくタイプなんですよ!」
冷や汗をかきながら、必死に言い訳している様は、自白と変わらない。
「……そうか、では確認してみろ」
恭兵の必死さ+渋顔の優しさが働き、何とか誤魔化せたようだ。……九割は、渋顔の優しさのお陰だ。
恭兵は、急いでゲーム機を取り出して、確認してみた。
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木工:D
鍛冶:C
料理:D
盾術:F
恐怖耐性:F
特殊スキル:ヴェルトヴィラ Lv2(5/15)
特殊スキル:帰還pt 1/100
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「ち、ちゃんと上がってますッ!」
忘れていた割には、テンションが高い。主人公カスタマイズ機能が解放されているかもしれないからだ。
あり得ないと思もいながら、どこか期待しつつ、メニュー画面に戻って確認してみるが……。
「……………………」
(愉快犯は、こっちの期待には応えない、そういう奴だよ! チクショー!)
「どうした、何か変化はあったか?」
立ち尽くす恭兵を見た渋顔が、心配して声をかけてくる。
「…………と、特に変化は無いです」
やはり、ミッション攻略に、“役立たない”主人公カスタマイズ機能が解放されることは無い。そもそも、ドアと何ら関係性もないのだ。
「とりあえず、特殊スキルを使用してみたらどうだ?」
渋顔は、明らかにテンションが、駄々下がりの恭兵に、的確な指示をだす。
「……そ、そうですね」
恭兵は、投げやりになりそうな気持ちを立ち直らせて、ドアを出現させた。ドアには、『05:26:41』と表示されていた。
「し、食事の準備や食べている時間を考えると、開扉インターバル短縮の可能性も低いですかね?」
恭兵は、渋顔に現在の開扉インターバルを伝え、共に変化点について考えていた。
「いや、レベル2では、二、三分程度の短縮で、3、4と短縮時間が増える可能性もあるぞ」
渋顔が、予想を立てる。
「……れ、レベル3で三分、レベル4で四分とかだと、微妙ですね」
恭兵も、レベルの上がりやすさを考えると、あり得ると思ってしまった。
「なんにせよ、次回、特殊スキルで移動するときには、すぐに確認するんだぞ」
「……は、はい」
渋顔は、落ち込む恭兵を横目に、三杯目のカレーをよそいに移動したが……。
「なっ!? もうカレーが無いだとッ!」
渋顔は、直ぐさま犯人に当たりを付けたようで、視線を先生に向ける。まぁ、恭兵と話していたので、犯人は先生しかいないのだが……。
「……シュティルよ、お前、何杯食べたのだ?」
渋顔の背景には、ゴォゴォゴォと効果音が表示されている気がする。
――ピュー♪ ピュー♪
先生は、口笛を吹きながら、そっぽを向いて誤魔化そうとしている。
その姿を見た恭兵は、先ほどまでの落ち込みなど無かったかのように、キュンキュンして、鼻の穴が拡大していく。
「……ほう、答える気はないのだな?」
今までの渋顔史上、最恐オーラが噴出している気がする。あの可愛い先生の姿を見ても、このオーラ。かなりの本気具合だ。
「…………三杯」
先生が、観念して答える。
「ほう、俺の目が節穴だとでも? 残り量は把握していた。もう一度、問おう。何杯食べた?」
先生の目が泳ぎ出した。どうやら、誤魔化していたようだ。
「……さ、三杯 「――あぁん?!」 ……四杯、特盛り」
(――あんなにスタイル抜群なのに、何処にその量がはいるのか?! 先生は大食いなのか?)
恭兵は、先生の意外な一面を発見したと、顔がニヤついてしまったが、渋顔の怒りの視線を感じ、すぐに感情を抑制した。
(――触らぬ神に祟り無しだ)
この後、渋顔は、先生を正座させ、今後のカレーの分配について、説教という名の話し合いを実施した。
そもそも、『誰が、何杯』などの決まりがなかったのに、説教している渋顔もどうかと思うが、そんな状況にも関わらず、自分の分配を、少しでも増やそうと画策している先生も、大概だと思う。
恭兵は、渋顔と先生のカレーに対する執着に驚きつつ、次回からは、予備まで用意しようと決心していた。
これが、後に恭兵の中で『第一次カレー事変』と呼ぶ揉め事だった。




