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036 城塞都市潜入(12)

「準備は出来たか? 今回は、徒歩での移動だ。シュティルは大丈夫だろうが、恭兵はどうだ?」


 渋顔(ハイラント)が、心配して、声を掛けてくる。


「は、はい、保管小袋(ウエストポーチ)のお陰で、何とかなると思います」


 思わぬ幸運に恵まれ、保管小袋ウエストポーチを入手したことにより、荷物事情は、大幅に改善された。どんなに重い物でも、保管小袋(ウエストポーチ)に収納してしまえば、重量は感じない。移動時の負担は、かなり軽減されるだろう。


「よし、では、出発するぞ」


GGF(ゲーム)通りだと、この道中で、禍獣(かも)に襲われるはず……)


 先の展開が分かる事は、良いことばかりでは無い。分かるが故に、否が応でも緊張してしまう。強張った顔で辺りを警戒しながら、歩を進めていく。


「まだ、“小道”だ。そう緊張するな。俺達が付いている」


 見かねた渋顔(ハイラント)が、緊張をほぐそうとしてくれる。いつでも、気を遣ってくれるのは、流石だ。


「は、はい。頼りにしています」


「ああ、任せとけ」


 村から、三十分くらい歩くと、街道に出ることができた。街道と言っても、舗装されておらず、砂利や石灰を撒いただけの道だ。道幅は、細いところでも、馬車同士がすれ違える程度は、確保されているので、馬車での移動に支障はない。しかし、かなりの揺れが予想されるため、不快な移動になるだろう。


 結局、街道に出るまでの間に、禍獣(かも)に襲われる事は無かった。モウラさん情報によると、理由は不明だが、街道から村をつなぐ“小道”では、禍獣(かも)に襲われることは、稀らしい。その為、街道に出るまでは、一人でもいいが、街道が見えたら、『商隊や乗合馬車が通るのを待ちなさい』と忠告された。


(できたら、待ちたいんだけどねぇ。今回のミッションは、“目立たない事”が条件だからなぁ)


 目立ちたくない恭兵達は、商隊や乗合馬車を待たずに、街道を進んでいく。ここからが本番だ。




 ***





 街道を進み出して、しばらくすると、禍獣(かも)と遭遇しないためか、油断した発言が恭兵からこぼれ出す。


「お、思っていたより、禍獣(かも)が出てきませんね……あッ、やばい――」


 発言してから、“フラグ”を立てる行為だと気付いたが、すでに遅かった。


「――恭兵、構えろ。どうやら、お出ましのようだ」


 渋顔(ハイラント)の警告と同時に、レーダーに、敵を示す“赤い点”が表示される。恭兵は先程の発言を後悔しつつ、急いでPNー(サイレンサー付き)TB(麻酔化ハンドガン)を取り出す。


 街道から、少し離れた森の中から駆け出してきたのは、レッサーハウンド。GGF(ゲーム)で、一番多く出てきた禍獣(かも)だ。

 しかし、画面越しで見るのと、目の前に存在しているのとでは、印象は全く違っていた。


 獣特有の臭いに、腐敗臭が混ざって漂ってくる。毛は乱れ、何かの血が固まって、へばり付いている。まだ、距離もあり、どこか緩んでいる恭兵を強張らせるには、十分な姿だった。


 全てを憎むような仄暗い目玉が、ギョロリと恭兵を捕らえると、一直線に飛び掛かってくる。


「あッ……構えな――」


 ――グルルガァァァ


 GGF(ゲーム)では、簡単に処理出来ていたし、射撃練習もしてきた。ゴブリンだって倒せたし、異界生物にも上手く対応できた。

 だから、『私なら対応出来るはず』なんて甘い考えは、その咆哮で、簡単にかき消された。


(――怖い)


 今の恭兵の頭にあるのは、この一言だけだった。GGF(ゲーム)の経験や射撃練習では、抗えない本能的な反応だ。


(――逃げたい)


 しかし、世界が色を失い、止まったかのように、恭兵の体は固まり、ゆっくりと、だが、確実に恭兵を噛み殺そうとしている仄暗い目玉から逃れる事が出来ずにいた。


(――ああ、これが死ぬ瞬間ってやつか、最後は意外と冷静になるんだなぁ)


 そんな事を考えながら、目の前で、大きく開かれた口の中の牙を一つ一つ見ていた。


 ――バスッ


 目の前まで迫っていた大きく開かれた口は、突然、目の前から掻き消えた。

 それと同時に、世界が動き出したように、今まで、聞こえていなかった自分の心臓の音が、やけに大きく鳴り始め、周りの風景が、色を帯びていった。


「大丈夫か?」



 渋顔(ハイラント)は、恭兵の肩に手を置いて、尋ねてみたのだが、反応はない。今回、間一髪のところで、レッサーハウンドを処理したのは、渋顔(ハイラント)だ。

 本来、先生(シュティル)なら、もっと早くに処理が出来るのだが、恭兵がどの程度、動けるのか、確認するために処理しないように、事前に指示していた。

 恭兵は緊張のあまり、見えていなかったが、実際に襲ってきたレッサーハウンドは全部で五匹。四匹は早々に、先生(シュティル)に処理されていた。





 ***





「……い、生きてるのか……」


 しばらくして、心臓の鼓動も収まり、体の硬直は解けたが、体に力が入らず、その場にへたり込んでしまった。


「ああ、生きているぞ」


 恭兵は、自分のつぶやきを肯定してくれた渋顔(ハイラント)の方を見て、声を絞り出す。


「……す、すみません。す、すぐに立ち……ます……あれ?」


 意識とは裏腹に、体には力が入らず、立ち上がれなかった。


「落ち着け。少し、休憩しよう」


 そう言うと、渋顔(ハイラント)は、保管小袋(ウエストポーチ)から椅子を取り出して、組み立て始めた。

 先生(シュティル)は、既にロッキングフットまで装着して寛いでいる。今しがた、襲われたとは思えない、のんびりとした風景が広がっていた。


「……すみません」


 恭兵は、自分の不甲斐なさに落ち込んでいた。


「気にするな。新兵は皆そうなる。いずれ慣れるさ」


(――『いずれ慣れる』か……)


 恭兵の心にその言葉が突き刺さる。異世界(こちら側)では、命のやり取りが出来なければ、生きていけない事は理解できる。今後、ミッションをクリアする為にも必要だろう。

 理解はできるが、そう出来るのかは別問題だった。


(昔の人って、戦争に徴兵されたら、すぐに戦えたのかな……)


 学生時代、戦争の“悲惨さ”や“悲しさ”は、教わった。だが、実際に徴兵されて、初めて戦った時の話なんて、聞いたこともない。


(徴兵された人達は、終戦後、帰国して、普通の生活に戻れたのかな?)


 恭兵は、『慣れてしまって、向こう側に戻れるのか?』という不安を感じていた。いや、それを言い訳にして、戦いから、逃げ出したかったのかもしれない。


 渋顔(ハイラント)先生(シュティル)が普通に寛いでいる風景が、やけに、現実味の無い風景に思えて仕方が無かった。


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