034 城塞都市潜入(10)
見事に夢を打ち砕かれた恭兵は、失意のまま、渋顔の話を聞いていた。
……本当に叶うとおもっていたのならば、楽天家にも程があるだろう。
「――聞いているのか?」
このセリフを聞くのは、何度目だろう。だが、今までとは違い、強い口調ではなく、語りかけるように聞いてきた。そんなに気を使う必要などないのだが……。
「は、はい、大丈夫です」
「では、恭兵は、村でコートを調達してきてくれ」
「りょ、了解です」
「シュティルは、これまで通り、ここで援護だ」
――コクッ
恭兵は、村人に不審に思われないように、
PNーTB以外の装備品一式を先生に預けて、村に向かっていった。
もちろん先生は、汚物を見るような目だったのは、言うまでも無い。このままだと、いずれ恭兵もグラ爺と同様に、特殊性癖の道を歩めるかもしれない。……いや、既に歩んでいるのか?
マップに表示されたマーカーは、GGFと同じで、グラ爺さんの家を示していた。仕方なく、グラ爺さんの家に向かいながら、『本当に盗まなければならないのか?』と考えていると、偶然、グラ爺さんに会う事が出来た。
「おはようさん。どしたんだ? なんか困り事か?」
昨日、∞軌道の連続パンチを食らったとは、思えない明るさだ。さすがは、特殊性癖だ。『回復:S』の能力を持っているとしか思えない。
恭兵は、現状を素直に、相談してみることにした。
「えっと、城塞都市レーベルクに、向かうことにしたので、コートを仕入れたいと思って……。どこかで、買えないかなぁと探していました」
「この村では、無いかのぉ。大体が月一回の行商から買うんじゃよ。…………そうじゃ、ワシのお下がりでもええんなら、譲ろうか?」
「いいんですか?」
「構わんよ、沢山もってるからの。よし、家に行こうかの」
どうやら、盗みを働かなくてもよさそうだ。やはり、素直が一番と言うことだろう。
***
グラ爺さんの家に着くと、モウラさんは不在だった。パン屋で看板娘をしているのだろう。
「こっちじゃ! こっからここまでなら、どれでも好きな物を持って行ってもええぞ」
どこか誇らしげに、指差した先には、グラ爺コレクションの上着達がズラリと並んでいた。どうやら示された場所の上着達は、予備があるらしい。確かに、コレクターって保管用として、二つ持ってたりする猛者もいるが……。どうやら、筋金入りのマニアらしい。モウラさんは大変だろう。
(さて、あと問題は数だなぁ……。流石に“三着”譲ってもらうのは、不自然だよなぁ)
そんなことを考えながら、幾つかのコートを見ていると……向こうから、勝手に提案してくれた。
「――解る、解るぞ! どのコートも個性があって選べないじゃろ? ……よし、三着くらいは、予備で持って行け! 毎日、同じコートを羽織るのもカッコつかんしのぉ!」
(……まさかのミッションコンプリートだ)
別に、同じコートでも、格好はつくと思うが、無事達成できたのだから、今は置いておこう。
結局、グラ爺の“おすすめ三着”を譲ってもらうことにした。その時に、お金を払おうとしたが、『受け取ったら、婆さんに殺される』と、断られてしまった。
「色々とありがとうございました。本当に助かりました」
「こっちこそ、上着ありがとな。また、村に来たら、必ず顔出すんだぞ」
グラ爺と固い握手をしながら、別れを惜しむ。歳は、大分離れてはいるし、ハマっているジャンルも違う。だが、沼にどっぷり浸かっている者同士だ。シンパシーを感じていた。
(グラ爺ほど、深く浸かってはないけどね)
「はい。では、お元気で」
「おう」
恭兵が見えなくなるまで、見送ってくれるグラ爺を背にして、『異世界で初めての知人が、グラ爺で良かったなぁ』と、感謝しながら、歩を進めていく。
***
恭兵は、グラ爺さんと別れてから、パン屋に向かっていた。精霊協会前の広場に隣接している赤い屋根の建物で、他とは違い、裏に立派な煙突が立った建物があるので、すぐに分かる。
ドアを開けて、建物に入ると、時間帯が良かったのか、店内にお客さんは、見当たらない。
「いらっしゃいませ。――あら、恭兵さん」
カウンターにいたモウラは、恭兵に気付くと、ニコッと笑いかけてくれた。
「こんにちは、昨日は、ご馳走さまでした。出発前に、ご挨拶に伺わせて頂きました」
「あらあら、それはご丁寧に、ありがとうございます。どちらに向かわれのですか?」
「レーベルクに行ってみようと思っています」
「良いですね。あそこは風景がいいですし、活気もありますよ。ぜひ、お泊まりの際は、『止まり木』という宿屋をお探し下さい。モウラの紹介と言えば、少し、サービスしてくれると思いますよ」
モウラさん曰く、食事もリーズナブルで美味しいそうだ。あの美味しい料理を作るモウラさんが言うのだから、間違いないだろう。
「分かりました。訪ねてみます。色々とお世話なりました」
「いえいえ、また、いらして下さいね」
「はい、ありがとうございます。モウラさんもお元気で」
帰り際に、『お昼に食べて下さい』と生ハムを挟んだパンを頂いた。モウラさんには、お世話になりっぱなしだ。次回は必ず、お土産を持って訪ねようと誓ってお店を後にした。




