032 城塞都市潜入(8)
「まさか、あんなに説教されるなんてなぁ」
社会人になってから、正座なんて、法事の時くらいしかする機会がない。想像以上に足がしびれた。
「渋顔は、洋風な顔してるのに、中身は和風なんだよなぁ」
説教をするときに、正座させるのは、日本独特な文化だろう。起源の中国ですら、正座文化はもう無い、なんて話もあるくらいだ。
「渋顔と先生には、これからもお世話になる予定だし、朝食でも作って行きますか。胃袋を掴むのは、夫婦円満の秘訣ってくらい――」
(――夫婦?! えッ、私と先生は、夫婦になれるのでは?!)
名誉挽回の為に、胃袋を掴む話から、まさかの展開。確かに、GGFではないから、夫婦になることは可能かもしれないが……。
「いい……素晴らしい発見ですよ!! それなら、異世界に骨を埋めても悔いは無い!」
……あぁ、また始まったようだ。顔が今までの中でもトップクラスにヤバい。鼻の穴の広がり具合から、これは、長くなりそうだ。
「むしろ、現在世界に戻るメリットあるのか? リアル先生の美しさは、今までの人生で、見たことないレベルですよ! ハリウッド女優なんて相手ならないレベル! その上、あのスタイルに、あのファッション! エロテロリストなんて言葉は、先生の為にあるんじゃないですか?!」
……エロテロリストなんて言葉、久しぶりに聞いたよ。
「今まで愉快犯なんて呼んで、ごめんなさい。今日からは、仲人さんと呼ばせて頂きます。結婚式では、最高のスピーチお願いしますよ!」
……遂にどこのどなたか分からない存在を仲人にしちゃったよ。
「ッ結婚式!? ……不味い! 不味いぞ! 先生のウェディングドレス姿を直視出来る気がしない! 見ないなんて選択肢は無いのに、見れる気がしない!! その上、あのデレた笑顔なんて見せられたら…………あぁ、生きてて良かったよ」
……生きてる事に感謝するのは良いけど、今回の妄想は、とくに酷いな! ストレスか? ストレスなのか?!
「もうすぐイケメンになるわけだし、最高のカップルの誕生だな!!」
……それは無い。まだ期待していたのか。
「よし、熱々の朝食を未来の花嫁に届けるためには、先に防弾盾越しの射撃練習を終わらせてしまおう。待ってね! 未来の花嫁」
……もう、好きにして下さい。
***
一気に妄想から現実に戻ると、そこからの動きは速い。新しく手に入れたQBXー97Bの射撃練習をするための標的を設置していた。
「まずは、防弾盾越しの射撃が可能かの検証からだな」
試しに、防弾盾に空いている穴に銃口を差し入れる。すると、トンデモ現象が発生して、固定された。
「どうやら、上手くいきそうだな」
盾に付いている、のぞき窓からターゲットを見ると、スカウターが起動して、十字照準線が現れる親切設計で、その十字をターゲットに合わせて撃てば、ある程度は、狙い通りに当たる。
「自宅でも、スカウターが起動するんだなぁ」
思わぬ収穫に喜びながら、射撃を開始する。銃口が防弾盾に固定されているので、片手でも両手持ちのような感覚で撃つことが出来た。
QBXー97Bは、装弾数30発、予備弾倉は六本で、最大所持弾薬210発と、ハンドガンの約三倍所持出来る。また、5.56㎜NATO弾を装填しているため、威力も強くなっている。
ハンドガンと違い、サイレンサーが付いていないため、敵に発見されてから、使用する予定だ。……できれば、出番が無いことを祈っている。
攻略サイトの情報によると、この銃は射程と集弾性能がイマイチらしい。しかし、命中精度は良いので、一発目は当たりやすいとの事。
「確かに、連射するとバラバラと着弾位置がズレるな。射程については、標的が近すぎて、よくわからない」
能力に射撃や精密狙撃などがあると、集弾性能や命中精度などに補正がかかるそうだ。
しばらく、防弾盾越しの射撃練習を続けていた為、用意していた予備弾倉が半分程度になっていた。
「……さすがに、普通の射撃練習もしなきゃな」
防弾盾を外し、普通に撃ってみる。
「あれ? なんか変だな?」
……防弾盾を装備していた時より、難易度が高くなったように感じていた。連射してみたら、より着弾位置がズレる……。
「……なるほど、防弾盾が、銃架の代わりになっているのかも知れない。銃初心者の私には、防弾盾ありスタイルが合っているのかもな」
恭兵は、防弾盾“有り”と“無し”の両方を今後も練習していくことにした。
「練習することで、能力を修得出来るのかなぁ」
GGFでは、能力のレベルはミッションをクリアしていけば、上がったが、新しく修得することはなかった。
しかし、今はGGFではない。練習を続けていれば、修得できるのかもしれない。剣術や格闘などは違い、射撃なら弾さえあれば、一人で練習できるため、検証しやすい。
「よし、背負い袋に入れてた予備弾倉を使い切るつもりで、練習しよう」
(Fランクくらいなら、すぐに修得出来るかもしれないからなぁ)
そんな打算的な思いもありつつ、恭兵は、練習に励んでいった。
***
「さすがに、疲れたな……」
背負い袋の予備弾倉を撃ち切り、腕時計を見ると、『15:38:59』と表示されている。
「てか、もう十五時過ぎてるのか……。ちょっと練習に集中しすぎたな。朝食どころか、昼食も取ってない」
不思議なもので、時計を見たことで、空腹感が襲ってくる。何か食べようと、部屋に戻ると、キッチンに大好物の弁当が、鎮座している。
「今日は、頑張ったし、異世界に行くのは、明日でいいか……」
恭兵は、未来の花嫁に、早く食事を届けたい思いもあるが、今日は、自宅で過ごす事にして、大好物の弁当で、空腹を満たすことにした。
「さて、後は棚の移動だけだな」
遅めの昼食を満喫したあとは、前回と同様に、棚や冷蔵庫を倉庫に置いていった。
「流石に、これ以上は置けないか……」
射撃練習用も兼ねているため、邪魔にならないように配置している。二部屋分の棚と冷蔵庫が、倉庫の収納限界だ。
「ここからは、キャンプギアを厳選して、増やさないとなぁ」
今後の厳選作業を思うと憂鬱な気持ちになりながら、腕時計を見ると『18:23:19』と表示されていた。
「少し早いが、お酒でも呑みながら、映画でも見ようかな。よし、アクション映画で、カッコイイ銃の構え方でも研究しますか!」




