031 城塞都市潜入(7)
夜空には、もの悲しげな満月が、青白い光を灯して、雲間から見え隠れしている。
時折、天窓から差し込む青い月光を見て、『ああ、なんて幻想的な夜なんだ……』と、感傷に浸っている人物がいた。
「――どこを見ている? ちゃんと聞いているのか?」
「は、はい……」
…………現在、恭兵は絶賛、正座中である。幻想的な月夜に、心を奪われている場合では無い。
なぜ、正座をさせれられているかと言うと、渋顔いわく、『装備品一式を紛失したから』だそうだ。
(いや、紛失してないんですけど?!)
恭兵の言い分は、『万が一に備えて、置いてきただけ』なのだが、その辺のニュアンスが、堅物の鬼軍曹に通じない。
「銃はお前を守る大事な命綱だ。それを紛失するなど考えられん!」
「い、いやですね? 特殊スキルを有効活用するためなんですよ? 紛失などしていないな――」
「――ならば、今すぐ出せるのか?」
「……………」
「出来ないんだろう!! なら、どうやって万が一の事態に対応するんだ?!」
…………正論である。今すぐ、万が一の事態になっても取り出せないのは、間違いない。そもそも、予備弾倉と同じように、ザックに入れておく事が、出来たのかもしれないが、試してすらいない。
「自分の命が掛かっているんだぞ! 自己判断せず、相談してから実施しろ! 分かったか?」
「イ、イェッサー!」
(……ACCに追加補給してもらえばいいんだから、銃の一つや二つで、目くじら立てなくてもよくない?)
「…………その顔は、全然、反省していないな?」
結局、小一時間、説教が続いた……。もちろん、正座したままで。
***
昨晩の幻想的な月夜とは対称的に、自宅と変わりない朝日で、目を覚ます。違うのは、硬いベッドで寝たことで、体が固まり、傷みから、まどろむ時間が全く無かったことくらいだ。
「おはよう。よく眠れたか?」
「……おはようございます。お陰様で、よく眠れました。ありがとうございます」
……別に説教に対しての嫌味ではない。一人で見張りをしてくれた気遣いに対しての感謝だ。
「そうか、では、さっそく、装備品の更新をするか?」
「そうですね。さっそく装備品の…………」
一瞬、ハッとした表情をしたが、慌てて表情を戻す恭兵……。
(ま、まずい! 『ヴェルトヴィラ 』の経験値上昇条件、見てなかった)
「うん? どうした?」
渋顔が怪訝そうな表情で聞いてくる。
「な、な、何でも無いです! ち、ちょっとお手洗いに行ってきます」
恭兵は、『この場にいては、不味い』と、急いでトイレに向かう。
「渋顔の説教のせいだな。うん。間違いない。説教のせいだ」
トイレに着くと、自分のミスを渋顔のせいにしながら、携帯ゲーム機を取り出し、ステータスを見てみる。
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木工:D
鍛冶:C
料理:D
特殊スキル:ヴェルトヴィラ Lv1(3/5)
特殊スキル:帰還pt 1/100
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「……ちゃんと上がってる。やっぱり、ドアを潜ると経験値が貯まる仕様か……」
(レベルアップしたら、なにが変わるのかね? ……あれ? イケメン化になれる可能性、あるんじゃない!?)
このゲームには、主人公カスタマイズ機能が、存在している。渋顔は、その機能を使用し、恭兵の厨二病から生み出されたキャラだ。
その為、絶対に無いと言い切れないが、可能性は低い。恭兵も、そう理解はしているが、欲望が溢れ出して止まることはないようだ。
(うん、あり得るな! てか、それ以外、考えられないな! ……愉快犯よ! まだ、時間はあるぞ! 今からでも、対応するんだ!! 社員の希望を実現させることは、会社の業績アップに、つながりますよ!)
恭兵は、そんな無茶な交渉を愉快犯に持ちかけながら、部屋に戻っていった。
***
「お、お待たせしました。早速、開始しましょう」
部屋に戻ると、何事もなかったかのように、装備品の更新を進めていく。渋顔からは、疑惑の眼差しを向けられてあるが、気にしない。
まず、携帯ゲーム機を使い、ACCに追加装備を投下してもらう。ワームホール経由なので、建物内でも問題なく、受け取れる。
投下された装備品は、本来なら、渋顔が受け取るのものなのだが、横取りしてみたら、普通に恭兵でも受け取れた。
若干、微妙な表情を渋顔が浮かべている気がするが、そのまま装備していく。
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メインウェポン :QBXー97B
バックウェポン :防弾盾
セカンドウェポン:PNーTB
サポートウェポン:カイバーBK2
その他 :リッジラインザック75
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「おお! なんか、フルアーマー化って感じだ! 思った通り、アサルトライフルでも、防弾盾を構えたまま、撃てそう!」
思わず興奮して、声が大きくなる恭兵を渋顔は、微笑ましいものを見るような優しい表情で、見守っていた。
「……よし、使い方を教えるぞ。しっかりと聞いておけ! いいな!」
「は、はい! 宜しくお願いします!」
そこから、しばらくの間、新しい装備品の使い方をレクチャーしてもらい、PNーTBの時と同様に、予備弾倉も準備してもらった。
もちろん、予備弾倉を出し続けた時の渋顔の表情は、優しげな表情から、嫌なそうな表情に変化していたのは、言うまでもない。
その際に、同一装備品の複数所持について検証してみたが、同時に、二つの装備を手に取ろうすると、どちらか一方が、すり抜けて、落下するトンデモ現象が発生した。
片方の装備品を背負い袋に入れて、もう片方を手に取ろうとしても、すり抜けて、持ち上げられない。……手の指が、銃をすり抜けて、テーブルに当たった光景は、完全に怪奇現象だった。予備弾倉と違い、二つ同時に所持は、できないようだ。
「……せっかく、追加したのに、このまま回収させるのは、もったいないなあ」
検証の為に、準備した追加装備が、目の前にある。そのまま、ACCに回収させてもいいのだが、何とか予備品として、確保したいと考えていた。
(……そうか! 開扉インターバルは、ゼロなんだから、放り込めばいいかも!)
思い付いたやり方は簡単だ。ドアを開き、装備品を投げ入れるだけだ。いつでも取り出せる訳ではないが、予備品があるのは心強い。
(これなら自宅から、奴を潜るときに、装備品一式を持って、戻ってこれるから、渋顔も文句はないよね)
早速、ドアを出現させ、追加装備品を自宅にポイッと投げ込んでいく。
「――な、なにをやっているんだ!! 銃を投げるとは、何事か!」
渋顔から、投げているところを見られて、怒られた。そっと置けば、何も言われないのに、気付かない辺りは、相変わらず、詰めの甘い男だ。
「……装備品の検証も、一通り終わったし、自宅に戻ります……」
今回は、意気揚々とドアを潜ってきた割には、怒られてばかりだった。次回は、『もっと気をつけ引き締めて、異世界に移動しよう』と、心に誓いながら、逃げるように、ドアを潜って自宅に戻っていったのだった。




