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022 異界からの来訪者(14)

「おお、きたか! 待っとったぞ。入れ、入れ」


 グラ爺の家の前に着くと、ソワソワしたグラ爺が、外で待っていた。


(……どんだけ、楽しみしてんだよ。子供か!!)


「ようやく、呑めるの! モウラよ、早く――」


「これッ! お客さんに失礼でしょう。すみませんねぇ」


 ……恭兵を待っていた理由は、ただ早く酒が飲みたかっただけのようだ。どうやらモウラさんに、止められていたようだ。


 グラ爺を注意しているモウラさんは、グラ爺の奥さんで、昼前は、パン屋の手伝いをしているそうだ。


「パン屋の“()()()”なんですよ」


 そう言いながら、ニコニコとした顔で、恭兵の反応を試すように、覗き込んでくる……。


(私は、空気が読める男。決して、お婆さんと呼ぶまい。……命は大事である。女性(天上人)は、永遠の十八歳です)


「なにが看板娘だ! もうババ――」


 ――ドスッ


 お手本のような見事な右ストレートだ。捻りも入っている。漫画でしか、見たこと無かったが、必殺のコークスクリューブローって奴だろう。心臓を狙ってたし、鼓動を止める気だ。


 しかし、グラ爺よ。あんた何年生きてるんだ。女性(天上人)に“ババア”は自殺願望がなければ、言えないワードだ。


(はッ! なるほど、そういうプレイですか! 特殊性癖(マゾヒスト)なんですね?! それを他人に見て貰う羞恥プレイまで、計算に入れているんですね? 流石です! 勉強になります!)


 ……どうやら、恭兵も、グラ爺と一緒に、昇天したいらしい。勉強してどうする気なのだろう。


「ささ、どうぞ、こちらに座ってくださいな」


 モウラさんは、床でピクピクしているグラ爺を、部屋の隅に蹴り飛ばし、席を勧めてくる。グラ爺の姿を見て、なんとも言えない表情になっていた恭兵だが、持ち前のスルー(棚上げ)技術を発動することにした。

 今、大事なのは、グラ爺ではない。女性(天上人)の機嫌を直す事が、重要なのだ。


「あ、あの、初めまして、岩河恭兵です。お招き頂き、ありがとうございます。グラさんには、今日一日お世話なりました。心ばかりのものですが、お納め下さい」


 酒場で、手土産として入手しておいた、上等な果実酒を差し出す。意外と常識人な恭兵は、ちゃんと手土産を用意していた。


「ふふふ、お気遣いありがとうございます。私、このお酒が大好きなんですよ。どうぞ、お掛けになってくださいな。すぐに、お食事の準備しますわ」


(酒場でリサーチして、正解だったなぁ。ありがとう! 酒場のマスター!)


 異世界(こちら側)で、初めて用意する手土産だったが、モウラさんに、喜んでもらえたようだ。未だに、起き上がってこない、グラ爺を横目に、席に座ると、すぐに料理が運ばれてきた。どれも美味しそうで、心が踊る。


「ささ、どうぞ、気にせずに、温かいうちに、食べて下さい」


 グラ爺には、申し訳ないが、先に食べさせて頂こう……。女性(天上人)の機嫌は、何よりも大事なのだ。





 ***





 出てきた料理は、どれも絶品だった。お陰で、会話も弾み、今日一日の出来事をモウラさんに話していると、グラ爺も復活してきた。……もう、無茶するんじゃないぞ!


「――まぁ、では、あの上着は、恭兵さんの物だったんですか?」


「そうなんじゃ! 羨ましいじゃろ?」


(……グラ爺は、モウラさんの前では、子供だな)


 年甲斐もなく、はしゃぐグラ爺をみて、『自分もこんな年の取り方がしたいなぁ』と、二人の関係を羨ましく思っていた。そんな時、突然、モウラさんが頭を下げてきた。


「ごめんなさい、ウチのバカが、ご迷惑をお掛けしました。上着はお返しさせて下さい」


「いえいえ、そんな、むしろ、助けられてばかりで……?」


(あれ? よく考えたら、お世話になったのって、ほぼ精霊じゃない?)


 非常に、失礼なことを考えた為、言葉が疑問形になってしまった。実際は、恭兵の上着を高く買ってくれた恩がある。なにより、こうして食事まで、誘って貰っているのだ。初対面の人間に対して、破格の対応だ。


「そうじゃぞ、わしゃ、助けた側じゃ」


 少しの不貞腐れた表情で、モウラに抗議している。……自分で言うのは、どうかと思うが、その通りだ。


「迷い人を助けるのは、当たり前です。迷い人の所持品を“買い叩いた”事が問題なのよ」


(買い叩いた?)


 モウラさんは、ちょっと怒っているようだった。グラ爺は、適正価格より、多めに支払ってくれた気がするのだが……。恭兵も、そう感じていた為、慌てて、訂正する。


「いえ、買い叩いたなんて! むしろ、グラさんからは、多めに、お金を頂いてい――」


「――いいえ、物の価値は、専門家にしか解らないのですよ? ましてや、異界からの漂流品なら、尚更です。中央都市の研究者なら、もっと高値を付けるかもしれませんよ?」


「「………」」


 …………ぐうの音も出ないとは、このことだ。恭兵もグラ爺さんも黙り込んでしまった。


「畑仕事を放り出した上、迷い人から搾取するなんて、お仕置きが必要かしら?」


 モウラさんの背後に、鬼神が出現している……気がする。表情はニコニコしている為、更に恐怖感が増していた。

 指一本、一本をポキポキと鳴らしながら、惨劇の準備が着々と進められていく。音が鳴る度、グラ爺の余命カウンターが減っていくのだろう。


(すまん、グラ爺……。私には、モウラさんの説得は、無理っぽい。骨は拾ってあげるから、安心して逝ってこい……)


 グラ爺は、後退りしながら、必死の弁明を続けていた。ここが生死の境であることは明白だ。乗り切らなければ、死あるのみ。恭兵は既に、悟りを開き、傍観体勢のため、助けは期待できない。


 しかし、弁明もむなしく、気が付けば、部屋の隅(コーナーポスト)に追い詰められていた。……もう、逃げ場はない。


「――ちょ、ちょっと待ってくれ! ちゃんと、お互い合意の上でだな――」


「――問答無用!」


 ――ドスッ、ドスッ、ド、ド、ドドド……


 完璧な∞軌道の(デンプシー)連続パンチ(・ロール)だ。


(ひょっとしたら、この世界では、モウラさんが、初めて編み出したかもしれないから、“ノルベール・ロール”になるのか。……殺られているのも、同じ“ノルベール”さんだし、ちょうどいいか……)


 リズムよく、鳴り響く打撃音を、BGMに、人とは、惨劇を目の当たりにすると、『妙に冷静になるものなんだなぁ』などと、遠い目をしながら、悟りを開いた顔で、考えていた。


 そして、今回学んだことは、先ほどの比ではないくらい、ボコボコのグラ爺を見て、どの世界でも、女性(天上人)には、逆らえないと言うことだった……。


 

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