021 異界からの来訪者(13)
恭兵は、村に移動しながら、持ち込んだゲーム機で、ミッション一覧を見ていた。
自宅で、GGFをプレイしていた時は、合流地点に到着すれば、ミッション達成だったが、ゲーム機に表示されたミッション一覧では、ミッション未達のままだった。
(……おかしいなぁ。ここで、ミッション達成になるはずなんだけど。グラ爺に話し掛けたり、クリスタルを手に入れたりしたから、影響がでてるのかなぁ?)
GGFと同じだったのは、先生が、野盗を制圧するところまでだ。それ以降は、完全に別シナリオが進行している可能性が高い。そのため、ミッション達成条件が変化しているのかもしれない。
(……考えてもしかたないかぁ。とりあえず、流れに身を任せるしかないなぁ)
村に着けば、何らかの進展があるだろうと、持ち前のスルー《棚上げ》技術を発動して、様子を見ることにした。
***
「では、行ってきます」
約束した夕食に向かう為、恭兵が宿の部屋から、出ようしていると、渋顔が引き留めてきた。
「待て、村の中では、何もないとは思うが念のために、これを持って行け」
そういって、ハンドガンを渡してくる。
(――無理ですよ! 使える訳ないでしょ! 日本人には無理です! そもそも、使う勇気が無いです!)
突然の銃器に、拒絶反応が出てしまう。どうしても、犯罪な気がしてしまう。
「……すみません。使った事ないので、今回は遠慮させて頂きます。今度、使い方教えて下さい」
海外の射撃場で、銃器を扱う日本人は、沢山いるのだから、拒絶反応は練習すれば、克服出来るだろう。
恭兵には、近接戦闘は出来ない為、自衛手段として必要だ。ちゃんと狙い撃つことができれば、敵の無力化ができるようになる。
(てか、装備借りられるんだね。ふーん……)
……あぁ、これは良からぬ事を思い付いた顔だ。確実に、碌でもないことを言い出す前兆だ。
(じゃ、熱光学迷彩服も、借りれちゃうの? これは、もうエロ業界の第五次産業革命なのでは?! 安心安全なライブ感を重視したのぞきが、リリースされるのか!)
……完全に欲望がダダ漏れだ。鼻の穴が尋常でない大きさに広がっている。
(問題は、渋顔だ。ヤツは生真面目なタイプだ。そう、修学旅行で女風呂をみんなで、のぞきに行こうとすると、止めてくる空気が読めない優等生だ。ここは、慎重に動かなければ、全世界の男の夢が潰えてしまう)
「――え、あ、あのですね、熱光学迷彩服なんかも、借りたり出来るですかね? いえねぇ、村の中には、潜入が困難な場所もあるかもしれませんし、主婦の井戸端会議の内容なんて、意外と役に立つ可能性もありますし、他にも――」
「――何をいっている? アーマー系統装備は、個別認証システムが搭載されているから、他人には使用出来ないだろ。忘れたのか?」
「…………そ、そうでしたね。完全に忘れてました」
恭兵は、本当に忘れていた訳ではない。GGFでは、ウェポン系統は、敵がドロップするが、アーマー系統は、ドロップすることは無い。そう言う仕様だと思っていた為、その理由を深く考えたこともないし、調べた事もない。
(くそッ! 目の前に“男の夢”があるというのに! ……まぁ、いいさ。熱光学迷彩服は、存在しているんだ。私が入手出来ないと決まっている訳ではない。まさに、『諦めたら、試合終了ですよ』だよね。シュティル……!! のぞきがしたいです……)
“男の夢”が先延ばしになった腹いせに、先生を使って妄想しようとすると、ただならぬ気配を背中に感じ取った。
「あぁ、なんだろう……。背中に悪寒が……」
(ここには、いないはずの先生に、狙われている?)
恭兵は、顔を青白くして、震えだしていた。居もしない先生に怯えるなんて、順調に、調教されている証拠だ。
「大丈夫か? 銃器の使用方法は、後日、教えてやる。今日は、建物内に入る場合は、警戒を怠るな。外であればシュティルが対応できるからな」
「イ、イェッサー」
どうやら建物内は、先生でも、対応出来ないようだ。
(……てか、そんな感じなのに、よくも、手ぶらで陽動させやがったな! 万が一があったら、どうする気だったんた! あんたは、やっぱり鬼軍曹だ!!)
渋顔を上司にしたいNo.1から、鬼軍曹に格下げしつつ、部屋を後にした。
***
夕食の約束をした時間は、十八時だ。クリスタルを起動して、現在時刻を確認すると『17:02』と表示された。
この世界の時間は、元の世界と同じく、二十四時間で、クリスタルで確認することが出来る。クリスタルは、『スマホと呼んでもいいのでは?』と、思うくらい高性能だった。おサイフ機能に、時計機能、本人証明が出来て、親指サイズ。最低でも、マイナンバーカードを超えてる。なにより、タダで、発行も早い。
(このクリスタルの異世界クオリティって凄いよなぁ。時間も同じく二十四時間ってことは、この世界も惑星で、自転してるのかな? 太陽っぽいものも、動いてるし……)
まだ時間に余裕があるので、村の鍛冶屋に行って、クリスタルを指輪にして貰うことにした。鍛冶屋は、酒場兼宿屋の隣にあるので、すぐに着く。
「――いらっしゃいませ」
……グラ爺ほどではないだろうが、それに近いお爺さんが、出てくるかと思っていたが、出てきたのは、二十代後半位だろうか、思っていたより、ずいぶんと若い女性鍛治師だった。
話を聞くと、鍛治師は、鍛冶ギルドがある中央都市から、派遣されるため、比較的、田舎のほうは、若い鍛治師の修行場として、人気らしい。
田舎の場合、一人で切り盛りしなければならない為、独立前の仕上げ修行には、うってつけらしい。
「自前の工房に何が必要か、実地で試せるのは、助かるんですよ。だから、田舎の村には、独立前の鍛治師が多いんで、掘り出し物も、結構あったりしますよ。今日は、なにをお求めでしょうか?」
「クリスタルを収める指輪が欲しいのですが、お願いできるでしょうか?」
ポケットからクリスタルを取り出してカウンターに置く。
「ええ、指輪でしたら、こちらですね。この中から選んでもらえれば、すぐに取り付けられますよ」
クリスタルは、大きさが統一されているらしく、それに合わせた台座が、あらかじめ作成されている。出された箱の中には、調整が簡単に出来るフリーサイズの指輪が並んでいた。
一応、オーダーメイドも出来るが、彫金師のいる街に発注するので、時間がかかるそうだ。
お値段も素材やデザインにより、ピンキリだが、その違いで、クリスタルの性能向上効果などは無い。あくまで、オシャレの範疇だそうだ。
並んでいる中から、重厚感があり、無骨ながらも繊細な細工がされた指輪を手に取る。
「それ、男性人気が高いんですよ。二万クルになります」
うん、このデザインは、完全に恭兵の厨二病を直撃している。
「うーん。悩むな。あと一声あれば、即決なんだけどなぁ……」
チラチラと値切りを期待した目を女性鍛治師に向けている。何故か、鼻の穴が広がっている。慣れない値段交渉+美人な女性鍛治師のコンボで、興奮しているのだろう。ハッキリ言って気持ちが悪い。
「「……………」」
女性鍛冶師は、ニコニコと営業スマイルを浮かべるだけだ。どうやら、引く気はないようだ……。
「……か、買いま――」
「――ありがとうございます。では、取り付けてきますので、少々お待ちください」
恭兵の返事に、かぶせてくる女性鍛治師。恭兵に拒否権など存在しない。
(……そもそも、私に、女性と交渉なんて百年は早いですよね……。すみません。異世界に来て、調子に乗っていました)
しばらくすると、女性鍛冶師が、指輪を持って出てきた。
「こちらになります。ご確認ください」
指輪を右手の人差し指に着けてみる。うん、良い感じだ。
「だ、大丈夫みたいです。ありがとうございます」
「では、こちらでお支払いの方、お願いします」
そういって、女性鍛冶師が手を差し出すと、青い魔法陣が浮かび上がった。
スカウターを起動すると、『二万クル』と表示されたので、指輪を近づけると、支払いが完了した。
「あ、あの、もしよかったら、連絡先――」
「――またのご来店、お待ちしております」
額に青筋を浮かべながら、ニコニコと『用が済んだら、さっさと出てけ』と、言わんばかりの営業スマイル全開だ。
(女性の最高の笑顔が見られたぜ! ……チクショー!)
……何だかんだで、いい時間になっていたので、グラ爺の家に向かうことにした。




