020 異界からの来訪者(12)
異世界の金銭取引は、思った以上にファンタジーな光景だった。恭兵がクリスタルを興味深そうに見ていると、グラ爺がぽつりと漏らした。
「……これだけあれば、一ヶ月位は生活出来るじゃろ」
(ああ、やっぱり、グラ爺はやさしいなぁ……。多めに払ってくれたのだろうなぁ)
最初の出会いは、最悪だったが、やはり、渋顔が悪いと言うことだろう。
「ッ! スミマセン、モンダイガ、ハッセイシマシタ」
突然、精霊が慌てて、駆けだしていく……。周りを見ると、他の精霊も駆けだしていた。
『……ラーベ3、こちらアルバトロ。対象の回収を確認した。作戦展開地域より離脱し、表示された合流地点に向かえ』
なるほど、捕虜が突然消えたから、精霊達が慌てているのだろう。
(なんか、親切にしてくれたのに、うちの渋顔が迷惑掛けて、申し訳ない)
恭兵は、心の中で謝罪しつつ、離脱する方法を考えていた。
「なんかあったんかのぉ? まぁええわい。取引は成立したけの、この後は、どうすんるんじゃ? 今日、泊まる所ないんじゃろ? ワシの家に泊まるかの?」
(どうしようか……。このままグラ爺の家に泊まると、合流地点に行き難くなるなぁ)
恭兵は、村に宿がないか、聞いてみることにした。
「いえ、そこまでお世話になる訳には……。この村に、宿はありませんか?」
「酒場の二階が宿になっておるが……。別に気にせんでも、ワシの家に泊まればええじゃろ?」
(グラ爺なら、そう言うよな。本当に良い爺さんだな)
「いえいえ、当面のお金まで頂いた上、そこまで甘えるわけには行きません。これからも、グラさんのように、いい人ばかりに、出会う訳ではないのですから。今から一人で生きていけるように、経験しておかなければ」
「……そうじゃの。わかった。宿まで案内するわい。なにかあれば、いつでも、頼ってくるのじゃよ」
寂しいそうにしながら、こちらを気遣ってくれている。
「……ありがとうございます。その時は、宜しくお願いします」
恭兵は、騙したようで、少し罪悪感を感じながら、宿に向けて歩き出した。
***
「じゃ、また後での」
結局、寂しそうなグラ爺を見ていると、居たたまれなくなり、夕食の約束をしてしまった。
(勝手に約束したから、渋顔に怒られるかなぁ)
とりあえず、宿の受付を済ませて、村を出る。合流地点は、先生が待機している森の中だ。合流地点に着くと、既に渋顔が到着していた。
「遅くなりました、すみません」
「いや、問題ない。よくやった。無事、任務を成功させたな」
「あ、ありがとうございます」
(渋顔って、上司にしたい№1だな。私は、褒められて伸びるタイプなんです)
実際は、恭兵の陽動が、役に立ったのか疑問だ。それでも、褒めてもらえると、次回も頑張ろうと思うのが人というものだ。
「では、村の状況報告を頼む」
(えっ! 陽動が任務じゃないの? 状況報告って、何をすればよいのか?)
急な指示に、対応出来ず、恭兵が考え込んでいると、渋顔が補足してくれた。
「村に潜入してからのことを、教えてくれれば良い」
恭兵は、とりあえず、グラ爺に話し掛けられたところから、順を追って、丁寧に報告していった。
「興味深いな。魂脈や精霊は、聞いた事がない。どこかの国、あるいは組織の新兵器か? それに、活動拠点でも、この地域がどこに国に属しているか、まだ、掴めていないのは、絶海や絶空の影響かもしれないな」
地域の特定が出来ないのは、絶海や絶空の影響だけでは、無いだろう。一番は、異世界だからだ。活動拠点でも、把握出来ないのは仕方ない。
そもそも、活動拠点は、今は、どこにあるのかすら、判明していない。GGF的には、海上拠点という設定だったが、ムービーだけで、実際に行ける場所ではなかった。この世界でも、どこかの海に存在しているが、行けない場所なのかもしれない。
「これがクリスタルです」
渋顔に、手に入れたクリスタルを見せると、渋顔が、納得した表情になる。
「これは、以前ゴブリンを殲滅したときに、砦内の遺体近くに、落ちていた物と同じだな。活動拠点の解析班が、素材の特定すら出来ていない」
単なるクリスタルと思っていたが、トンデモ技術で、出来てるんだろう。……考えるてみると、再結晶は、かなりファンタジーな光景だったから、当然かもしれない。
恭兵は、場の空気が、温まってきたと感じた為、例の件を報告することにした。
(バットニュース、ファーストっていいますし……)
「あ、あの、それでですね、今夜、村で知り合ったグラさんと、食事の約束を勝手にしてしまったのですが……」
「うん? 構わないぞ。出来れば、クリスタルを拾った時の扱いなども、その時に聞いておいてくれ」
(なっ、なんて心が広いんだ! やっぱり、渋顔は理想の上司です!)
「よし、恭兵は一度、宿に戻れ。俺も熱光学迷彩服を装備して、同行する。今夜は、俺と恭兵は宿で警戒する。シュティルは、村の外で警戒に当たってくれ」
(あの、出来れば、先生と宿が良いんですけど。……いや、イヤラシイ意味はないですよ! 女性を野宿させるのはどうかと思うんですよ。もし先生と一緒の宿に――)
渋顔の指示を聞いて、色々と妄想を始めようとした矢先に、先生から、牽制の一撃が入る。
「お前ゴミ、即死希望」
(あれ? 声に出してないんですけど?! そんなに顔にでてましたかね?!)
「まだ、作戦展開中だ。仲良くしろ」
――コクッ
頷く先生を見て、『渋顔には、素直なんだよなぁ』と、羨ましくなっていた。恭兵は、先生のマウンティング最下位なのだろう。
「よ、良かったら、これ使って下しゃい」
緊張のあまり、噛んでしまったが、好感度を上げるべく、勇気を出して、テントや寝袋などのキャンプ道具一式を献上してみた。きっと野宿の役に立つだろう。
「…………感謝」
一瞬、驚いていた顔をした先生は、キャンプ道具を受け取ると、恥ずかしそうに、俯きながら、感謝の言葉を発した。
(――ッ! これがデレですか!? そうなんですね! おおぉ! 拝啓、神様。異世界に来て良かったです……。先生のちょっと赤い顔がたまらん!!)
「――お前醜穢、即死希望」
……興奮の余り、恭兵の鼻の穴が、全開だったのだろう。詰めが甘い男である。




