002 裏世界っぽい?(2)
「おっ! なんか普通に戻ってる?」
会社帰りに買ってきたお弁当を食べ終わり、アイスコーヒーでひと息ついた後、ゲーム画面に目を向けると、見慣れたゲームキャラが立っていた。
「よかった。データは破損してないみたいだなぁ」
パッと見た感じ、ゲーム進行には問題なさそうだと感じた恭兵は、安堵の表情を浮かべる。すでにこのゲームのプレイ時間は、二百時間を超えていた。社会人にとっては、かなりの時間だ。
「……これ、どこのフィールドだ?」
しかし、よくよく見てみると、見覚えの無いフィールドにゲームキャラが立っている事に気が付いた。既に、シナリオ自体はクリアしている。そんな恭兵でも、見覚えが無い森のフィールドだった。
「こりゃ、まずいなぁ。バグったままなのかも……」
一瞬、リセットしようかと考えたが、バグにしては、随分と出来の良いフィールドだったため、興味が湧いてしまい、『すこしだけなら、大丈夫だろう』とゲームを進めることにした。
「なんだ、これ? 遺跡かな?」
見慣れない森の中を少し移動すると、開けた場所に廃墟となった砦が見えてきた。ゲームシナリオの中には、遺跡に陣取るテロリストを相手にすることもあった為、取り敢えず、セオリー通り、スカウターで、砦周辺を確認してみたのだが……。
「いやいや、どこの異世界? あれじゃゴブリンにしか見えないぞ」
スカウターを通して、ゲーム画面に映し出されたのは、ファンタジー系ゲームで、定番のモンスターっぽい緑色の生き物だった。それが徒党を組んで、砦を占領している。
「これ、完全にバグってるなぁ」
恭兵は、フィールドだけでなく、敵キャラにもバグが適用されてると考え始めていた。ちゃんとしたモデルが奇形化するバグは、結構あるからだ。
「……取り敢えず、潜入してみるか」
このゲームでは、主人公は、スカウターと呼ばれるARコンタクトレンズを使用することで、敵にマーキングすることができ、マーキングした敵はマップ上に、常に点で表示されるようになる。更に、壁越しでも透視したかのように敵を見ることができるようになるため、マーキングは潜入ミッションを攻略する上で、重要な役割を担っていた。
『どうせリセットするなら、行ける所まで潜入しよう』と、一番近くのゴブリン風の敵NPCにマーカーをセットしてみる。
「名前は……バグって読めないなぁ」
本来は、スカウターでマーキングすると、名前や能力が表示されるようになるのだが、名前部分が文字化けしていて、読むことが出来なかった。とりあえず、発見出来る敵NPCには、次々とマーキングしてみたが、全て文字化けして読むことは出来なかった。
「それに、能力も随分と低いし……」
能力は文字化けしておらず、読むことは出来た。しかし、『鈍器:F』や『格闘:F』といった戦闘系能力アビリティを持ってはいたが、ランクは低くかった。そんな中、一人だけ『統率:D』がいたので、恐らくリーダーなのだろう。
「初期ミッションの敵がバグったのかな?」
シナリオクリア済のデータの為、本来ならば、最低でもBクラス以上の敵NPCが出てくるはずなのだか、今回は一人もいなかった。
「麻酔銃で眠らせる必要ないかもなぁ。……リーダーだけ、回収しようか」
このゲームの特徴として、眠らせるか、気絶させた敵には、『ワープコア』と呼ばれる小型転送装置を取り付けられるようになり、活動拠点に回収することで、味方に引きいれることが出来きた。
味方になった敵NPCの役割は、活動拠点の拡張や新たな兵器の開発など、重要な役割を担う。しかし、味方に出来る敵NPCの数には、制限があるため、より高ランクの能力を持つ敵NPCの厳選が必要だった。
今回の場合、能力ランクが低いにも関わらず、リーダーを回収することにしたのは、リーダーは、能力ランクが低くても、レアな“特殊スキル”持ちが、多く存在しているからだ。
レアな“特殊スキル”持ちは、能力のランクが低くても、新たなミッションの発生条件や攻略のカギだったりと、必要になることが多い。
「よし! 殲滅するなら、バディ選択は、シュティル一択だな。頼みますよ。先生!」
先生とは、ゲーム内でバディとして選択できる味方NPCの美人女性スナイパー。このゲームのバランスブレイカー的な存在で、大体のミッションは、先生一人で殲滅出来るほど強かった。
その上、上は黒のビキニにタクティカルベルト、下は黒のダメージスキニーパンツにブーツ。肌が白くてスタイル抜群……控え目にみても、恭兵の理想のタイプだった。
一部プレイヤーからは、強すぎる先生に対して、クレームが出たこともあったが、先生の活躍を視るだけで満足できる恭兵にとっては、都合がよく、半ば先生が倒した相手のドロップ品を集めるポーターと化していた。
年齢的には、先生は恭兵より年下なのだが、その強さと美しさに加え、自身のハイエナのような立ち回りや煩悩のままに動かす視点カメラなどのせいか、恭兵はシュティルを先生と呼んでいた。
「――おっと。危ない、危ない。リーダーまでやってしまうところだった」
今日も先生に煩悩の視線を向けていると、先生が、あっという間に、十四人いたゴブリン風NPCを殲滅してしまった。初期ミッションの敵と変わらない能力しか持っていないため、瞬殺は必然だ。慌てて、先生の装備を麻酔ライフに変更する。
――ドサッ
ギリギリ装備の変更が間に合い、無事にリーダーを眠らせる事に成功した。眠らされる前のリーダーは、辺りの異変に気付いて、キョロキョロと見回してしたが、こちらに気付くことなく、前のめりに倒されていた。
「よし、ちゃんと回収できそうだ」
リーダーが、無力化された事を確認した恭兵は、ワープコアをリーダーに取り付け、活動拠点に回収したあと、殲滅したゴブリン風NPCのドロップ品を集めていた。
「ゴブリンの耳に、ゴブリンの肝って……。本当にゴブリンだったのか……」
このゲームの舞台は近未来フィクションとはいえ、リアル系ゲームだ。ドロップアイテムなどの名前は実在する物も多い。
しかし、今回の敵NPCがドロップしたアイテムは、今までのゲーム内容とは、かけ離れたファンタジー感満載のものだった。恭兵が考えていた単純に初期ミッションの敵がバグっていた訳ではないようだった。
「知らない間に、追加コンテンツがダウンロードされたのかなぁ?」
恭兵は可能性を口に出してみたものの、心の中に湧き上がる疑問を抑えきれずにいた。
(最近のゲームでは、よくある追加コンテンツだけど、勝手にダウンロードされたりするのか? そもそも、発売されてから、五年以上経っているのに、追加コンテンツが出るなんてことあるのかなぁ?)
そんな疑問を考えながら、ドロップ品を回収しつつ、砦内部を探索してみた結果、見たことがないクリスタルが数点とその近くに、かなり損壊が激しい遺体が数体あった。恐らく、ゴブリン達にやられた設定なのだろう。取り敢えず、クリスタルもドロップ品扱いなので、回収することにし、探索を続けた。
一通り探索を終えても、疑問が解消されることはなかった為、一旦、ゲーム画面から部屋の時計に視線を移した。『22:42:07』と表示されている。
「……明日は早いから、そろそろ寝ますか」
この後の展開が気になる恭兵は、このままセーブして、眠ることにした。万一のため、保険として、バグ技使用前のセーブデータは、USBに保存している。何か不具合が出ても、差し替えれば元通りになるはずだ。
「キャンプから帰ったら、他の場所も探ってみよう。ゴブリンの他にも、ファンタジー系のモンスターが出るのかなぁ?」
(オークやリザードマンとか、ワイバーンなんか出てきたら面白いなぁ。ドラゴンが出てきたらどうしよう?)
恭兵は、そんな事を妄想しながら、明日のキャンプにそなえて、早めに就寝した。