016 異界からの来訪者(8)
恭兵が森の中で、悲鳴を上げていた頃……。
先生は、村入口から1.5㎞程度離れた丘の上で、活動拠点に連絡を入れていた。
『……狙撃位置、確保、許可、要求』
『……ラーベ2、こちらアルバトロ。確認した。自身の安全を最優先に、足止めを実施してく――』
『――制圧、開始』
活動拠点の通信官からの返答を聞き終わらない内に、制圧を開始する。標的は、全て把握している。全部で二十三人。
(……なにが楽しいのかしら? 気持ちが悪い奴ら。反吐が出るわ……)
先生は、標的の中から、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて、村に我先に踏み込もうとしている男達をスコープで、捕らえながら、嫌悪感を抱いていた。
***
――カンッ! カンッ! カンッ!
村中に聞こえるように、半鐘が鳴り響く
「ぞ、ぞ、ぞ、賊だッ!! 皆、逃げろ!!」
見張り台の村人が、真っ青な顔で、必死に叫んでいる。経験上、分かっているのかもしれない。目の前まで迫っている大人数の賊達。もう、逃げる時間が無いこと、そして、この規模の賊に襲われた村の末路を……。
「ハッハッハッハ! 逃げろ! 逃げろ! それでこそ、襲いがいが、あるってもんだ!」
賊達にとっては、村人はただの獲物で、逃げた獲物を追い詰める事が、面白いと思っているようだ。
「さぁ、さあ、一番乗りは誰だ! 一番乗りは、好きな女を犯っていいぞ!」
「「「ウオォォォォ!!」」」
リーダーなのだろう。下卑た笑みを浮かべた賊達を煽っている。
「分かっているだろうが、男はいらん! 全て殺せ!」
賊達にかけた言葉ではない。村人達に聞かせる為の言葉だ。その言葉を合図に、賊達が村の入り口に向かって、一斉に走り出した。
「ヒャハー! 俺が一番乗りだ!」
「抜かせ! わしに決まっているだろうが!」
「おいおい、お前ら二人は、おいらのケツでも見てなよ!」
足の速い賊三人が競うように村入口に迫っていく。顔には嫌らしい笑みを浮かべていた。
そのまま、村入口を越え、一歩目を踏み出した瞬間、三人共、何かに躓いたのかのように倒れ込んでしまった。
「ヒッヒッヒッヒ! 間抜けどもめ! 一番乗りは、俺が貰った!」
倒れた三人の後ろを走っていた別の賊が、嘲笑いながら、村に一歩踏み入れる。
その瞬間、まるでリプレイを見せられているかのように、先ほどの三人が倒れている場所に、折り重なるように倒れ込んだ。
「――なッ! と、止まれ!!」
さすがに違和感を感じたリーダーは、全体の行動を止めようと、大声を出す。だか、先行している賊の何人かは興奮していて、声が聞こえていない。結果、十人の賊が村の入口に折り重なるように倒れてしまった。
「な、なにが起こった!?」
リーダーは、周りを警戒して見回していく。見えるのは、賊の接近を必死の形相で、村に伝えていた壮年の男性と倒れている仲間だけ。
「お、お頭! 何かの魔法なんじゃないですか?!」
異世界には、魔法は存在している。だが、人を攻撃出来るのような魔法が使えるのは、貴族や高ランク冒険者のような限られた一部の人間だけだ。魔法を行使するには、基本的にはクリスタルのような媒介が必要で、クリスタルと違い、媒介となる魔法発動体は高額でかつ、消耗品の場合も多い。
「馬鹿か! こんな田舎の村が使用できる訳ないだろうが!」
しかし、原因は、分からないが、何かが起こっているのは間違いない。一番可能が高いのは、『禍獣による攻撃』だとリーダーは判断した。
「お前ら、それぞれの背中を守りながら、村に向かうぞ! 禍獣がいるかもしれん」
見えない禍獣による攻撃だとしたら、このまま遮る物がないこの場は、危険だと判断し、互いに死角を補いながら、村の中に移動することにした。上手くいけば、禍獣の標的を賊達から村人に変更させることも出来る。
「「「オウ!」」」
残った十三人の賊達は、死角が発生しないように一塊に集まり、ジリジリと村入口に向かって動き出した。確かに、禍獣相手であれば、有効だったのかもしれない……。
だが、今回に限っては、最悪手だ。一塊になった賊達は先生にとっては、格好の的だった。塊の外周部の賊達は、リーダーが、呼吸する度に一人、また一人と倒れていく。
「なっ!どうなってやがる!」
「お頭――」
最期の一人が、何か言おうとしたが、聞き取る事は出来ない。僅かな時間で、リーダーを残して、十二人の賊達が地面に伏せていた。
「な、な、な、何なんだよ!?」
冷静さを失ったリーダーは、倒れた仲間達を置き去りにして、逃げ出したのだか……。
――ドサッ
先生の弾丸から逃れられる訳もなく、他の賊と同様に、地面に倒れ込んだ。
***
結局、恭兵と渋顔が村に着いたのは、活動拠点から連絡があった後、更に三十分以上経過してからだった。
恭兵と渋顔は、敵と遭遇する事もなく、村近くの森に到着したのだが……。
「もう大丈夫なのか?」
渋顔が、恭兵の背中を擦っている。
「……ありがとうございます。もう大丈夫です」
すでに、恭兵の胃の中は空っぽになっている。
「そうか、では、シュティル、状況報告を頼む」
いつの間にか、恭兵の後ろに先生が立っていた。
「全員睡眠、村人回収」
「なるほど。ならば、潜入して、リーダー格を確保する。位置は解るか?」
「教会地下」
「了解。ならば、シュティルはここから援護だ。万が一、村人に発見された場合は、早急に無力化しろ」
恭兵にとって、初めて聴く先生の声は、片言で、かわいい声だった。
(あれ? 先生喋れない設定だったはず)
「あ、あの、シュティルさん喋れるんですね」
『…………』
「えっと、シュティルさん?」
『…………』
(あれれ? 何で? なんか、すっごい冷たい目で見られているのですが……)
あまりの空気感に、渋顔が割って入った。
「あー、恭兵が話し掛けてるぞ……。返事くらいはしてやれ」
すごく嫌そうな顔で先生が答えてくれた。
「お前ゴミ、眼前消去」
渋顔があきれた顔で、諭してくる。
「お前ら、そんなに仲が悪かったのか? ……事情は知らんが、今はまだ任務中だ。私情は捨てろ」
――コクッ
先生が、心底嫌そうに頷く。
(いや、なぜ、こんなに嫌われているのか身に覚えがないのですが?! むしろ、私は大好きなんですけど! ゲームに飽きてきたら、息抜き代わりに、先生のあんなトコや、こんなトコをアップにして、心ゆくまで眺めてたのに!)
…………間違いない。それが、原因だ。
先生が恭兵を見ながら、ツバを吐いている。
「と、とりあえず、私もここで待機ですよね?」
恭兵は、先生の事は、一旦、棚上げにし、話を戻すことにした。
「なにを言ってる? 恭兵は援護狙撃できないだろ?」
もちろん恭兵には、援護射撃なんて出来ないが、潜入だって出来ない。恭兵が疑問符を頭の上に浮かべていると、
「俺が潜入して、回収してくるから、恭兵は囮だ。村人に話しかけて、気を逸らせ」
(やっべッ! 渋顔のやつ、とんでもない爆弾、サラッと投下してきたんですけど!?)
「さ、さすがに、それは危ないのでは? それに、ハイライトさんなら、囮なんていらないと思うんですが?」
恭兵は、最悪の未来を回避するため、渋顔に、さり気なく提案してみる。
「いや、少しでも成功確率が上がるのであれば、実施するべきだ。それに、万が一の時は、シュティルが対応するから、心配するな」
恭兵が先生の方を見ると、首をかっ切る仕草を見せつけてくる……。ジェスチャーを訳すと、『安心して地獄に落ちろや』となる……。
「では、始めるぞ!」
(ちょっ、まだ、心の準備が整ってないんですけど!?)
渋顔が、恭兵の目の前から消えてしまった。熱光学迷彩服を使用したのだろう。
『……………………』
もの凄い先生が、恭兵を睨んでいる。……ライフルを構えて、恭兵を狙い撃つ体制だ。
「即時行動」
どうやら、恭兵に選択肢は無いらしい。前門に首狩り村人、後門には先生だ。
「イ、イェッサー!」
(行きますよ。 行ってやりますとも! 社会人舐めんなよ。要は、お客様に対応するのと同じだ。 渋顔との違いを見せてやるよ。……本当に万が一の時は、助けて下さいよ!!)
グズグズしてると、先生が、本当に撃ってきそうなので、急いで村へ向かった。




