015 異界からの来訪者(7)
恭兵は、意を決してドアを潜ると、目の前には、渋顔と先生が立っていた。
「シュティル。辺りの偵察に行ってくれるか? 何かあれば、我々が合流するまで、足止めしろ。いいな?」
――コクッ
(うん? おかしいなぁ。 何でまた、この会話からなんだ? GGFのセーブデータなら、村の近くの森からのはずなんだけど)
渋顔のセーブデータでは、村人の救出まで終了している。しかし、今の会話は、救出前の会話だ。
(もしかして、私にも、別のセーブデータがあるのか?)
ミニゲームでは、恭兵は、別プレイヤー扱いなのだから、恭兵のセーブデータが存在していても、不思議はない。仮に、ドアを潜る行為が、セーブだとするならば、砦があった森から開始するのは当然だろう。
「――おい、聞いているのか?」
恭兵は、考えて込んでいたため、渋顔の声に、気付いていなかった。
「……すみません。聞いてませんでした」
渋顔の顔が、苦々しい顔に変わる。
「今は作戦中だ! 集中しろ!!」
「イェッサー!!」
(渋顔怖っ! 鬼軍曹じゃん! そんな子に育てた覚えないんですけど!)
……ハイラントも、育てられた覚えはないだろう。
「恭兵、バイクの運転は出来るか?」
(渋顔さん。私の顔をよーく見てみなさい。どう見てもインドア派だろうが! バイクみたいなリア充専用機に乗れるはずなかろう!)
恭兵は、心の中の思いが、全面に顔に出てしまい、渋顔を睨みつけていた。
「……出来ないようだな。では、後から追いかけてこい!」
(えっ?! 嘘ですやん、ちょっと調子に乗っただけですやん! この森で、一人は無理でしょ! ねぇ、死んじゃうよ!)
恭兵は、必死の思いで、渋顔の足にしがみつく。離したら死あるのみだ。
「おい、何をしている。離せ! バカ者が!」
(いやいや、バカ者は、渋顔さんですよ?!)
「お、置いてかないで下さい。お願いしますッ!」
渋顔は、残念な物を見た顔をする。
「二人乗りでは、この森の中を走るのは、無理だろう?」
……正論である。ゲームだったら、まだしも、現実では無理があるだろう。……あれ? これ恭兵の死亡フラグじゃないか?
「ちょっ、ちょっと待って下さい。本当ちょっとだけ」
恭兵は、設定変更が出来る可能性に賭け、持ち込んだゲーム機を取り出した。
(…………これ、今の私達だよな?)
取り出したゲーム機には、不思議なことに、起動もさせていないのに、『ゲシュペンの森』にいる渋顔が、映し出されていた。左上には『Live』の文字も表示されている。そして、渋顔の横には、伝言板と表示された恭兵が立っている。
(どっかにカメラがあるのか?)
予想外の結果に、キョロキョロと辺りを見回すが、カメラなどは見つからない。
疑問は残るが、今は生きるか、死ぬかの瀬戸際だ。ゲーム機の表示は一旦、後回しにして、急いで、ACCへの輸送依頼を選択し、表示された車両一覧から、AUを選ぶ。
すると、バイクが『ワープコア』で回収され、変わりに、AUが投下されてくる。
「……なるほど、これなら二人乗りが可能だな。だが、移動速度は落ちるが大丈夫か?」
AUとは、小型二足歩行兵器で、いわゆるパワードスーツだ。足は自動制御の為、地形に合わせて操縦者の負担を軽減しながら走ってくれる。ただ、強襲を得意しているため、移動速度はバイクほどではない。しかし、スタミナが無尽蔵なので、常にダッシュができ、生身の人間よりは早い。
「だ、大丈夫です。二人で移動した方が良いと思います」
(主に、私のための“良い”だけどね……)
どの道、先生が一人で敵を制圧出来るため、移動速度が落ちても問題はない。
「……そうか、ならば問題はない――」
(ふっ、渋顔チョロいな)
「――しかし、その荷物では、大変だろう。一つは、置いていけ」
(そんな、殺生な! 命懸けで増殖したキャンプ道具を置いて行けと? あなたは鬼ですか?! あれ? チョロいなって思ったことがバレてるのか?!)
『『………………』』
渋顔が、無言で恭兵に圧力を掛けてきている。
「……す、すぐに、置かせて頂きます。はい」
「操縦はどうする? 出来るのか?」
もちろん、恭兵には、AUなんて、ロマン機械の操縦は出来ない。
「わ、私は出来ないので、ハイラントさんお願いできますか?」
渋顔は、ニッと微笑を浮かべ、
「解った。では、後ろにしがみ付いていろ。……振り落とされるなよ」
AUは、本来は、一人乗りなので、今回は背中の弾薬ポットにロープを結つけ、恭兵がしがみつく事にした。
二人で移動するための準備が、終盤に差し掛かった頃、活動拠点の通信官から連絡が入る。
『……ラーベ1、こちらアルバトロ。ラーベ2から交戦を開始するとの連絡があった。マップに座標を表示したので、援護に向かってくれ』
『了解』
渋顔は、こちらを見て、
「準備はどうだ?」
恭兵は、親指を立てて、
「も、もうすぐ完了です」
「……荷物は、置いて行けと言ったはずだが?」
(チッ、目聡いヤツだぜ。気付きやがった)
「えーと、ロープで、良い感じに出来そうだったので、積んでみました。はい」
恭兵は、キャンプで培ったロープワークと積載能力を駆使して、見事にAUに予備の背負い袋を括り付けていた。
「……まぁ、いい。振り落とされても、拾わないからな」
「そ、それは荷物をって事ですよね? 私は拾ってくれるんですよね?」
『『…………』』
「――よし、出発するぞ」
(渋顔やつ、目を逸らしやがった! 本当にお願いしますよ!)
渋顔の不穏な発言に、若干の不安を抱きながら、恭兵達は移動を開始した。
***
「ウオッ、ちょっッ、やば、吐く……」
恭兵は、想像していた以上の揺れのせいで、完全に酔っていた。この辺は、ゲームだけでは分からないところだ。
そんな中、移動を開始して、三十分経過した所で、活動拠点の通信官から連絡が入る。
『……ラーベ1、こちらアルバトロ。ラーベ2から送られてきた映像を確認した。敵勢力の無力化に成功したようだ。情報がほしい。敵の回収を優先してくれ。だが、回収するのは、一人で充分だ。残りの処理は任せる』
『了解』
……やはり、先生は仕事が速い。GGFでは、こちら側が村に着く直前に連絡きたが、今回はまだ半分くらいの距離で連絡がきた。村まで移動時間も考えると、制圧するのにかかった時間は、十分程度かもしれない。これならば、前回と同様に、村人全員を助けられただろう。
「よし、聞いたな。敵回収のため、村に急ぐぞ」
(いや、これ以上急がれたら、私が死ぬよ!)
「も、も、やめ……」
どうやら、恭兵の悲鳴は、渋顔には届かないらしい。




