013 異界からの来訪者(5)
恭兵は、村への潜入ルートを確認するため、村を見下ろせる丘の上に登り、ラント村の全容を眺めていた。恭兵が感じた村のイメージは『南フランスっぽい』だ。ヨーロッパの田園地帯をイメージしている。
「とりあえず南を付けると、のどかな田舎を思い浮かべるのは、何でだろう?」
(南イタリア、南インド、南アメリカとか、南アフリカ……だけは、ちょっと危険な感じか)
恭兵は、実際の南フランスを知らないから、完全にイメージだ。オシャレな人達や旅行通が行く場所、それが南フランスだと認識していた。
村の周りは、麦畑っぽいのが広がっていて、村の中心部には、教会らしき建物がある。その前には広場があり、その広場を囲うように、丸太を組み合わせたログハウス風の家が建ち並んでいる。
森が近いため、木材が豊富なのだろう。建物は殆どが木造だ。
服装は、男性は短めのチュニック、革ズボン、女性は袖無しのチュニックやガウンを重ね着していて、どちらも腰には、紐を巻いている。いわゆるファンタジーでは、定番な服装だ。
男性の多くは、畑で働いていて、女性は水場で洗濯しながら、リアル井戸端会議を開催中だ。子供達は教会で、何かの授業を受けている。みんな笑顔で楽しそうだ。
そこには、のどかで平和な風景が広がっていた。
***
恭兵が始めて訪れた時、逃げようとして背中を切られた遺体や抵抗しようとしてたのか、いくつもの刺し傷や切り傷だらけの遺体が畑に放置されていた。
教会には火が放たれ、その周りには、火勢から逃れようと出てきた子供達の焼けただれた遺体があった。建物の中がどうなっているのか想像したくもない。
広場では、逃げ遅れた母親と幼子が捕らえられている。
下卑た笑みを浮かべた男は、母親の前までゆっくりと歩いて行くと、幼子を奪い取り、懇願する母親に見せつけるように、幼子の手足を切り落とし、“止血”と称して、切口を火で焼いていく。
泣き叫ぶ母親は、辱められ、気まぐれに命を奪われていった。あまりの激痛に、痙攣する幼子に、手を伸ばしながら……。
その周りで、同じ人間のはずの何かが、喜劇でも見ているように、ケラケラと笑っていた……。
画面越しにみた光景は、今まで生きてきた世界が、いかに善意で満ちていたのか思い知らされされるには、充分だった。恭兵は、こみ上げる恐怖と吐き気のお陰で、この後の光景は見ていない……。
***
この世界ではあれが、当たり前の光景で、またすぐに襲われるのかもしれない。今回、救えただけで、意味などないのかもしれない。
それでも、村の平和な風景を見ていると、救えて本当に良かったと思っていた。
恭兵がいた世界だって、知らないだけで、日常的に起こっている国はあるかもしれない。そのすべてを救えないのは分かっている。
それでも、見える範囲だけでも助けたい。それくらいの力は、GGFの中の渋顔にはあるはずだ。他人から見れば、偽善的で自己満足以外のなにものでもないのだろう。それでも良い。目の前であんな事を許容出来る人間には成りたくない。
『すべては私のために、助ける』
恭兵は、そう決意して、村に向かっていった。
***
……おかしい。結構な時間が経過したが、新たなミッションが発生しない。
「禁断の装備で隠れているからかな?」
熱光学迷彩服を外して、ちゃんと村人とコミュニケーション取らなければならないのかもしれない。
しかし、それには、大きな問題がある。このGGFは、会話方法が二つあるが、それぞれに欠点があるのだ。
一つ目は、NPCに接近する方法。GGFだと、喋れるNPCに接近すれば、会話ムービーに移行する。特定の村人とコミュニケーションが必要ならば、この方法で勝手に会話が始まる可能性が高い。しかし、関係ない村人とは、会話が発生しない為、村人に接近するだけの渋顔は、村人から見たら、完全に不審者だと思われるだろう。
二つ目は、会話と言って良いものか。CQCで拘束して、尋問する方法だ。
これだと誰とでも、会話することが出来るが、ナイフや銃を突き付けて喋らせるのだから、実際にやると、不審者を通り越して、犯罪者だ。
どちらを選んでも、ろくな事にならない気がするが……。
「まぁ、物は試し、当たって砕けろだな」
少々、楽観的ではあるが、考えても分からないことは、スルーするのが恭兵流だ。
少し村から離れた所で、禁断の装備を外す。そこから、村に向かって歩いて行くと、程なくして、第一村人を発見した。
どうやら草刈りの途中で、休憩しているみたいだった。村人の目の前まで近付くと、村人が立ち上がり、傍らに置いてあった草刈り用の大鎌を手に取った。
『おっ! ムービーに移行するのか!』と思ったのも束の間……。
――ビュンッ
村人が渋顔めがけて、大鎌を振り抜いてきた。
幸い、大鎌に当たることはなかったが、明らかに次の攻撃体制に入っている……。
「ちょっ、ちょっと! 危なッ!!」
――ドサッ
もう一度、大鎌を振ろうとしたところで村人が、前のめりに倒れ込む……。
「……先生、流石っす!」
村人は、先生の狙撃により、眠るような穏やかな最後を迎えた……もちろん、麻酔ライフルの狙撃なので、本当に眠っているだけだ。




