001 裏世界っぽい?(1)
「ややこしい! ややこしすぎるわッ! もっと、シンプルに転移させろよ!」
事の発端は、間違いなく、昨晩のゲームだろう。あの時からすべてが始まった……。
***
はじまりは、いつも通りの何の変哲もない日だった。
この物語の主人公である【岩河恭兵】は、一日の仕事を終え、帰宅途中に行きつけの店に寄っていた。その行きつけの店というのは、食事処や呑み屋などではなく、アウトドア用品のセレクトショップだ。
その店のオーナーとは、学生時代からの長い付き合いで、恭兵にとって、親友と呼べるのは彼くらいだった。
ほぼ毎日、仕事帰りに店に寄り、オーナーのおすすめコーヒーを飲みながら、たわいも無い話をして帰宅する。恭兵にとっては、もはやルーティン化していて、アウトドア用品を買いに行くというよりも、コーヒーを飲むため、店に足を運んでいるようなものだった。
そのせいで、いつの頃からか、マスターと冗談で呼ぶようになり、今では完全に定着してしまった。
「明日は、どこのキャンプサイトに行くんだ?」
親友は、細々としたアウトドア用品を手に取って、吟味している恭兵に対し、コーヒーを差し出しながら、カウンター席に誘導していた。明日の予定について聞くためだ。
「パルンポルンの森ってとこ。知ってる?」
「……あぁ、フォトジェニック系のとこね。なんでまた、そんな所に行くんだ?」
絶賛ソロキャンパーの恭兵が、絶対に行かないような場所だと思っていた為、少しの間、考え込んだ親友は、納得がいかないとばかりの顔をしていた。
「会社の後輩が、キャンプ始めるみたいでね。その下見だよ」
「……成る程、後輩と二人でフォトジェニックなキャンプ場に行って、あわよくばってことか?」
ようやく納得が出来たと、したり顔をした親友が、恭兵の肩へと腕を伸ばして、組みついていく。
「――違う、違う。後輩は男だ。彼女と行くらしい。で、“映える”キャンプ場を教えて欲しいんだと……」
親友の嫌らしい笑みを振り払うように、慌てて否定する恭兵だが、自分で言った言葉が、自虐的と感じたのか、ため息が出てしまう。
「……それ、わざわざ、お前が行く必要なくない?」
親友は、少し怒気を含んだように眉間に皺を寄せ、恭兵に問いかける。ごく最近『彼女無し』になった先輩に聞くような事ではない。
その後輩は、配慮が足りない人間なのか、もしくは、恭兵がなめられているのか……。どちらにしろ、親友にとっては、気持ちの良い事ではなかった。
「元々明日は、キャンプに行く予定だったから、ついでだよ。紹介するからには、やっぱり、自分の目で見ておきたいからなッ」
親友の怒気に対し、キリッとして表情で、悟りを開いたような目を向ける恭兵。まさに聖人と言った佇まいだった。しかしながら、恭兵の心の中は正反対で、煩悩に塗れていた。
(別にあわよくば、『あなたの先輩、優しいね』とかいって、彼女の友達とか紹介してもらったり、『今度、みんなでどうですか?』とかいって、彼女の友達とグループキャンプとか期待している訳ではない。……断じて、無い)
そんな煩悩だらけの未来を夢見ていると、親友が、胡散臭そうな目で、自身を見つめていることに気付いた。
「……ふーん。上手くいったら、こっちにもよろしく」
トップアイドルもビックリの爽やか笑顔だった。さすがは、親友といったところ。どうやら、恭兵の心の中の煩悩を読み取ったようだ。
慌てたのは、恭兵だ。自身の煩悩を読まれた事に、若干の恥ずかしさを覚え、このままでは、不味いと、話をそらすことにした。
「そ、それより例の品物は届いた?」
「……ああ、届いてるよ。そのまま持って帰るか? それとも、試し張りするか?」
「いいよ、そのまま持って帰るよ」
恭兵は、そう言うと、待ちきれないとばかりに立ち上がり、少し冷めたコーヒーを一気に飲み干した……。
***
煌びやかなネオン街に、誘われる事も無く、早足に、通り抜けていく恭兵。油断すれば、スキップでもしかねない、浮かれた気分だったらしく、危うく、夕ご飯を買い忘れて、帰宅するところだった。
グループキャンプから、ソロキャンプへ移行して、早一年。それに伴い、キャンプ道具もUL系へと移行の真っ只中で、いわゆるキャンプ沼に絶賛ハマっているのが、今の恭兵だ。
この沼はかなり深く、自宅の一室が、丸ごとキャンプ道具で埋め尽されている。キャンプ道具は、『いつか使うかもしれない』と思ってしまうと、なかなか捨てられないのだ。
「やっぱり、買って正解だなぁ」
今回買ったキャンプ道具は、四十年前に『月明かりの中でも、一人で素早く設営出来る』というコンセプトで発売されて以降、大きな設計変更もなく、長い間、ユーザーに愛され続けた逸品の後継機。つい最近、大幅にモデルチェンジして、新しく生まれ変わったモンポルの『ルナルーチェテント』だ。
重量も軽くなり、出口のジッパーも一つになったりと、令和時代のキャンプ事情に適した作りに変更されている。勿論、設計変更前と同様に設営も一人で簡単に出来るテントだ。
デザインがダサいなどという輩もいるが、恭兵はこのテントが好きだった。『A型は、かっこいいと思うんだけどなぁ』などと、よく愚痴をこぼしながら、長年愛用している。
最近では、某キャンプアニメのキャラクターが使用しているテントとして、注目を浴びた。そのおかげか、売り切れが続出し、『新しい設計のテントを出せたのでは?』と思っていて、アニメキャラに密かに感謝していた。
「さぁ、明日の準備も終わったし、始めますか」
ここ最近の日課となっていたのはゲーム。そんなに上手ではないが、人並みには、やってきたと自負していた。社会人になり、仕事が忙しく、疎遠になった時期もあったが、最近また、熱中し始めていた。
今現在、ハマっているゲームは、恭兵が学生時代にやり込んだステルス系ゲームの続編だ。シリーズ初のオープンワールドで、以前プレイした時とは、大幅に変わっていたが、登場人物の一部が、同一人物だったりと、懐かしく感じる所もあった。
基本的には、隠れて敵を倒すステルスプレイは変わらず、潜入出来た時の快感は、衰えていない。また、今作から採用されているバディシステムで、選択できる美人スナイパーの存在も、恭兵の心を捉える一因になっていた。
ゲームの世界観は、少し未来の中東やアフリカを舞台にしていて、テロリストを相手に物語が進んでいく。
「よし! いけ! いけ! あぁぁ……」
今日は、海外サイトにのっていた裏世界に行く事が出来るバグ技を試していた。シナリオ自体は、既にクリアしていて、完全クリアを目指して、図鑑埋め作業中、『ちょっと息抜きが欲しい』と感じた時に、見つけたバグ技だ。ただ世界が反転するだけのバグ技なのだが、これが、なかなかうまくいかない。
何度目のチャレンジだろうか……。
「――おっ! やっと上手く出来たのか?」
サイト情報だと、『大地を突き抜け、空と大地が反転した裏世界に入れる』との事だったが、画面は真っ暗になり、“NowLoading”の文字が表示されている。
「……おかしいなぁ。攻略サイトには、こんな文字が出るとは書いていないんだけどなぁ。バグ技だからかなぁ?」
恭兵は、ローディング中にリセットするのは、データを破損させる恐れがあるため、一旦、様子を見ることして、待っている間に、買ってきた夕食を食べることにした。
初めまして。葵乃カモンです。
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